百貨店訪ね歩き

全国の百貨店(デパート)を直接訪ね歩き、撮影し記録に残します。そして時々旅の情報も紹介します。

2026-06-06

夕張『丸丹おかむら』跡 (1980年1月閉店)

炭鉱の町・夕張には、かつて空知地方唯一の協会加盟百貨店「丸丹おかむら」があった。始まりは島根県出身の岡村亀吉が1892年(明治25年)創業した衣料と日用雑貨店。2年後には岡村呉服店となる。明治35年、大正6年、昭和24年の大火全焼被災を乗り越え1957年(昭和32年)11月百貨店法に基づく百貨店となった。売場面積約2,500㎡。5階レストラン「丹頂グリル」や3階喫茶「人々」などが大人気となった。1960年には人口11万人を有し大いに賑わったが、石炭産業の斜陽化で炭鉱閉山が相次ぎ人口も半数以下となり1980年(昭和55年)1月閉店した。跡地は第三セクターが買収して1986年からホテルとなったが、その後の急激な過疎化と財政破綻などから現在はホテルも休業して廃墟状態になっている。20265月の夕張市人口は約5,700人。所在地:夕張市本町2丁目19

2026-06-04

帯広『藤丸』跡 (2023年1月閉店・2030年再生予定)

富山県出身の藤本長蔵氏が1897年(明治30年)行商で訪れた帯広に定住し店を持ち、1900年(明治33年)1030日北越呉服を創業。開拓者への商品提供で信頼を得て現在地に土地を購入、1930年(昭和5年)に百貨店を開業した。戦後は順調に成長して1982年(昭和57年)31日自社ビルを建てて売り場を拡大。1997年度には年商143.8億円まで成長した。しかしその後は郊外大型店との競争に加えて中心商店街の空洞化や不況で業績が悪化、2023131日閉店した。売場面積14,374㎡。1981年出店した帯広空港売店は20221123日閉店。藤丸の屋号と事業は新会社に引き継がれて2026年からビルの解体工事が始まった。2030年の新店舗での新しい商業施設オープンを目指して2025年から近くの空き地を利用した仮設店舗「藤丸パーク」や「藤丸オンラインショップ」を開設して地域ぐるみで法人存続をPRしている。20215月訪問、20266月更新。所在地:帯広市西2条南8丁目-1

2026-06-02

『スズラン前橋店』 再開発延期で2026年11月末閉店予定

創業は1952年(昭和27年)619日開店のスズラン衣料品店。1962年(昭和37年)5月に地上8階建ての本館をオープンさせ百貨店化。前三、前橋西武が次々と閉店し、現在では前橋市唯一の百貨店となっている。中心市街地の再開発と連動し新しい複合型商業ビルへの移転入居が決定しており、跡地には学校やマンションの進出が予定されている。2024年7月訪問時には、いよいよ地方百貨店の再生モデル構築への挑戦が始まることで将来が期待されていた。しかし、諸物価高騰で前橋市の再開発事業費2026年度予算計上が見送られ大幅に計画が遅れる見込みとなり、20261130日に営業終了することを発表した。スズラン百貨店は解体予定の現店舗維持管理に必要な設備投資ができる状況になく営業終了を決めた。なお今後の新店舗移転計画については明確な発表はない。2026年6月2日営業終了発表。

『札幌松坂屋』跡 (1979年2月1日閉店)

かつて治安の悪かったススキノを買い物やビジネスで来る人たちもいる健全な街にしようと再開発の象徴として誘致して松坂屋と竹中工務店との共同出資で1974年(昭和49年)68日開店。札幌に銀座を持ってくるというキャッチフレーズもあったほど期待されたが業績不振で松坂屋としては197921日わずか5年で閉店。売場面積23,682㎡。あとを引き継いだイトーヨーカドーが1979428日「ヨークマツザカヤ」を開店。19943月からはイトーヨーカドーの百貨店ブランド「ロビンソン百貨店札幌」に屋号変更して2009118日閉店。同年326日からは複合型商業施設「ススキノ ラフィラ」となり2020517日閉店。建物は解体再開発されて20231130日から複合型施設「ココノススキノ」となった。ここには1階の共創型サテライトスタジオがあり在北海道ラジオ・テレビ9局が活用したり、帯広発祥のスーパーダイイチが入居しておりススキノで貴重な存在となっている。20264月訪問。所在地:札幌市中央区南4条西4丁目1。

2026-06-01

『札幌三越』

札幌に三越が開店したのは1932年(昭和7年)51日。札幌では五番館、丸井今井に次いで3番目に開店した百貨店として戦前から戦後しばらくは3大百貨店の競争が続いた。やがて経営危機になった丸井今井をグループ傘下に置き2011年からは株式会社札幌丸井三越が経営する店舗となった。2022年には開店90周年の三越と開店150周年の丸井今井が共同でキャンペーンを展開。大通地区の2店として地域一番店の大丸札幌店に対峙している。正面玄関の暖簾と創業300年を記念して1972年に設置されたライオン像とループ化された札幌市電が玄関前を通過するのが定番の景色。売場面積22,998㎡。20263月期売上高223.5億円。開発進む札幌駅前地区に対して丸井今井札幌本店とタッグを組んで大通地区の魅力発信を続けている。20264月訪問。所在地:札幌市中央区南1条西3丁目8

2026-05-30

『丸井今井札幌本店』

新潟県三条市出身の今井藤七が明治5年(1872年)51日に創成川畔で小間物商・今井商店を創業。廉価で誠実な商いが評判となり大いに繁盛して2年後には新築移転して丸井今井呉服店を開店。5年後には正札販売を開始して評判を呼んだ。そして1916年(大正5年)札幌で五番舘の次に百貨店を開業、北海道初のエスカレーター導入をした。戦後は売場の拡大をすすめ昭和40年ごろから三越、五番館に大差をつけて札幌の地域一番店となり「丸井さん」と呼ばれ親しまれてきた。1997年度売場面積38,175㎡、19971月期売上高727億円(1997年百貨店調査年鑑より)。しかし1997年メインバンクの経営破綻をきっかけに資金繰りが悪化、再建策を講じるも2009年民事再生法の適用申請をして倒産。そして現在は三越伊勢丹グループの傘下で暖簾を守っている。2027年には創業155周年を迎える北海道のブランド。2009年からの地域一番店・大丸札幌店に対し、三越とともに大通地区の核店舗として頑張っている。新千歳空港に売店「きたキッチン」を出店している。売場面積37,003㎡。20263月期売上高385億円。20264月訪問。所在地:札幌市中央区南1条西2丁目11

2026-05-27

札幌『五番舘』跡 (2009年9月30日閉店)

松江出身の小川二郎氏が1899年(明治32年)札幌興農園として創業した種苗店をルーツとする。1906年(明治39年)には五番舘興農園として北海道初の百貨店を札幌駅前の電車通りにレンガ造りの店舗で開業。店舗を引き継いだアメリカ帰りの小田良治氏によって発展した。戦後は丸井今井、三越と並ぶ札幌三大百貨店の一つとなり、「三越は見る店、丸井は遊ぶ店、五番舘は買う店」と市民から親しまれ、多くの道産子にとって郷土のデパートとして存在していた。しかし百貨店の進出が相次ぎ、増床や西武と提携し1997年からは西武百貨店札幌店として対抗するも業績は回復せず2009年(平成21年)930日閉店した。売場面積25,008㎡。20092月期売上高124.7億円はピーク時の3割になっていた。建物は解体され地上32階建て・高さ200mのヨドバシタワーの建設工事が開始された。ヨドバシカメラ、商業施設、ホテル、オフィスで構成される複合ビルが2028年度の完成を目指している。20264月訪問。所在地:札幌市中央区北4条西3丁目1。

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