広島土産と言えば、知る人ぞ知る広島でいちばん美味しい名菓「川通り餅」がお薦め。その由緒は古く室町時代まで遡り、毛利輝元が広島に来た頃から広がったと言われている。求肥にクルミを加え黄粉でまぶした素朴ながら上品な味。一切の添加物を使わないので賞味期限が1週間と短く広島以外ではなかなか手に入らない名菓です。広島市内の百貨店(福屋、広島三越、広島そごう)のほか天満屋福山店、広島駅、広島空港、広島県内のサービスエリアなどで購入できます。
百貨店訪ね歩き
全国の百貨店(デパート)を直接訪ね歩き、撮影し記録に残します。そして時々旅の情報も紹介します。
2026-09-22
2026-09-21
『徳山サティ』跡 (1999年5月16日閉店)
1971年(昭和46年)11月27日ニチイ徳山ショッピングデパートとして開店。売場面積5,880㎡。途中で「徳山サティ」に商号変更して1999年(平成11年)5月16日閉店。その後建物は解体されて現在は駐車場になっている。2026年9月訪問。所在地:山口県周南市銀座2-30-32。
2026-09-20
『山口井筒屋周南ショップ』(徳山デッキ・Ð2)
近鉄松下百貨店閉店後の2013年(平成25年)6月、徳山市の繁華街・銀南街に出店。2025年6月4日、近鉄松下百貨店跡にできた徳山デッキ1階に売場面積120㎡で移転オープン。婦人服、雑貨、コスメ、食品、ギフトに加えて商店街のフルーツ店を店内誘致し、地域の百貨店ニーズに対応した品揃えを提供している。2026年9月訪問。所在地:山口県周南市銀座1丁目31徳山デッキÐ2・1階。
2026-09-19
周南市 『近鉄松下百貨店』跡 (2013年2月28日閉店)
ルーツは1887年(明治20年)創業の松下商店。近鉄の協力を得て1962年(昭和37年)4月4日松下百貨店として開店。1965年(昭和40年)には出資も受けて近鉄松下百貨店に店名を変更した。石油コンビナートの繁栄を背景に徳山駅前にあって大いに賑わい定番の屋上遊園地やデパートレストランを備えて人気を集めていた。しかし、1990年代から郊外にできた大型商業施設との競争激化で、中心商店街の客足が戻らず売上高も半減、3年連続赤字決算となり2013年(平成25年)2月28日閉店。2010年2月期売上高51.7億円、売場面積10,112㎡(百貨店調査年鑑より)。跡地は市役所仮庁舎や天満屋ショップなどに活用された後解体され、2024年再開発ビル「徳山デッキ」が開業した。2026年9月訪問。所在地:山口県周南市銀座2丁目14。
2026-09-16
『山口井筒屋宇部店』跡 (2018年12月31日閉店)
宇部市は人口16万(県内3位)の企業城下町。山口大学病院や山口宇部空港があり県内でも有数の基幹都市である。百貨店の始まりは1933年(昭和8年)創業の緑屋百貨店。緑屋が戦災で倒産した跡地に百貨店復活を目指す人々によって1951年4月宇部百貨店を開店させ、1953年には山口市のちまきやの応援を得て百貨店協会加盟店「宇部ちまきや」となり業績を伸ばした。オリンピック後の不景気で業績悪化したちまきやが撤退、代わって井筒屋が出資をして1969年(昭和44年)12月1日「宇部井筒屋」に商号変更。2008年には山口市のちまきやが山口井筒屋になったことで「山口井筒屋宇部店」に改称。長く年商60億を超える黒字店だったが売上高の減少と建物老朽化に対応できず2018年(平成30年)12月31日閉店。売場面積8,053㎡、2014年2月期売上高35.6億円(百貨店調査年鑑より)。跡地は宇部市によって再開発され複合施設「ときわスクエア」となった。井筒屋は2019年3月20日からS.C.「ゆめタウン宇部」に430㎡の小型店を出店している。2026年9月更新。所在地:山口県宇部市常磐町1-6-30。
2026-09-12
『東武宇都宮百貨店大田原店』跡 (2026年8月31日閉店)
人口7万人の城下町、そして県北の商業拠点・大田原市にあった「東武宇都宮百貨店大田原店」は、かつて宇都宮の老舗「上野百貨店」が1999年に開店するも2000年12月に倒産閉店した店舗。メインバンクだった足利銀行からの要請を受けて2002年9月6日に出店。最盛期の2006年2月期には59億円を売り上げ、平日でも広い駐車場は多くの車で埋まる栃木県北部の貴重な百貨店だった。売場面積12,248㎡。2022年には店内改装やニトリ誘致などで黒字となるも2025年2月期売上高37.5億円と徐々に減少。県北唯一の百貨店として茨城県などからも集客していたが、建物の賃貸借契約が2027年2月終了となることに伴い2026年8月31日閉店した。2026年9月更新。所在地:栃木県大田原市美原1-3537-2。
2026-09-11
盛岡 『丸正デパート』跡 (1985年閉店)
1913年(大正2年)4月16日創業。1948年(昭和23年)4月17日百貨店化。盛岡最大の繁華街・大通のほぼ中央に位置し地下1階地上5階建ての東北百貨店協会加盟店だった。売場面積2,615㎡。1977年12月期売上高13.7億円(1978年度百貨店調査年鑑より)。衣料品や呉服を中心に外商に力を入れていたが大型店との競争激化で経営が悪化し1985年(昭和60年)閉店。現在跡地は飲食店ビルになっている。また、大通と映画館通りの北東交差点にあるレインボービルも丸正が所有していたが経営悪化により売却された。2026年9月記録。所在地:盛岡市大通1-9-4。
2026年9月現在未訪問。
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初代は滋賀県日野町出身で 1893 年(明治 26 年) 6 月に札幌で池内金物店を創業。 1965 年(昭和 40 年) 4 月 10 日小売部門を百貨店化して日本百貨店協会加盟店となるが百貨店経営に苦戦し 1968 年から丸井今井傘下に入る。しかし丸井今井の業績悪化で 199...