松江出身の小川二郎氏が1899年(明治32年)札幌興農園として創業した種苗店をルーツとする。1906年(明治39年)には五番舘興農園として北海道初の百貨店を札幌駅前の電車通りにレンガ造りの店舗で開業。店舗を引き継いだアメリカ帰りの小田良治氏によって発展した。戦後は丸井今井、三越と並ぶ札幌三大百貨店の一つとなり、「三越は見る店、丸井は遊ぶ店、五番舘は買う店」と市民から親しまれ、多くの道産子にとって郷土のデパートとして存在していた。しかし百貨店の進出が相次ぎ、増床や西武と提携し1997年からは西武百貨店札幌店として対抗するも業績は回復せず2009年(平成21年)9月30日閉店した。売場面積25,008㎡。2009年2月期売上高124.7億円はピーク時の3割になっていた。建物は解体され地上32階建て・高さ200mのヨドバシタワーの建設工事が開始された。ヨドバシカメラ、商業施設、ホテル、オフィスで構成される複合ビルが2028年度の完成を目指している。2026年4月訪問。所在地:札幌市中央区北4条西3丁目1。
百貨店訪ね歩き
全国の百貨店(デパート)を直接訪ね歩き、撮影し記録に残します。そして時々旅の情報も紹介します。
2026-05-27
2026-05-24
『札幌そごう』跡 (2000年12月25日閉店)
札幌駅に隣接する国鉄バス営業所跡地にできた札幌ターミナルビル「エスタ」の核店舗として1978年(昭和53年)9月1日開店。当時の売場面積約28,000㎡は丸井今井や東急百貨店と肩を並べる規模だった。ピーク時には売上高が500億円を超えていたがバブル崩壊とともに業績が悪化、2000年7月に民事再生法の適用を申請したが継続不可能店と判断され2000年(平成12年)12月25日閉店。そごう撤退後は複合商業施設「札幌エスタ」として営業していたが札幌駅再開発工事に伴い2023年8月31日閉店。年間9億円の家賃を失ったJR北海道は複合型高層ビル再開発を急ぐも北海道新幹線札幌駅開業が8年延びて2038年度見込みとなり、再開発ビルの竣工予定も2034年度に延期された。なお入居していたビックカメラやユニクロなどのテナントは隣接の東急札幌店に移転開業している。2026年4月訪問。所在地:札幌市中央区北5条西2丁目1。
2026-05-22
『東急百貨店札幌店』
東急百貨店初の地方出店となるさっぽろ東急百貨店が開店したのは1973年(昭和48年)10月5日。札幌駅東側マンション建設ラッシュでの人口増加地帯に一番近く、札幌駅前地区の百貨店として生き残り、店内に企業主導型保育園を開設したり祝祭日も営業する郵便局を誘致。新千歳空港にも売店を出している。さらに2023年に閉店した札幌エスタから、ユニクロ、ビックカメラ、GU、バンダイナムコなどの大型専門店を誘致して専門店対百貨店売場の面積比を7対3とする店舗構造改革を行った。結果、入店客数が前年の2倍になり客層も一気に若返り業績も好調に推移。しかし一方で百貨店直営売り場は3割に減少し、既存顧客や百貨店ニーズにどう対応していくかが今後のテーマか。売場面積30,084㎡、2026年1月期売上高106.7億円。2026年4月訪問。所在地:札幌市中央区北4条西2丁目1。
2026-05-19
『大丸札幌店』…北海道の地域一番店
札幌駅南口整備計画でできたJRタワーウェストに2003年(平成15年)3月6日開店。2026年現在、協会加盟百貨店のなかでは日本最北店舗である。売場面積45,000㎡。2010年からは三越丸井今井を抜いて地域一番店となった。2026年2月期売上高882億円。開店23年を経て道内トップとして売上1000億円超を目指している。オープン前は北海道で「無名の新参者・大丸」が後発で出店するなど無謀だと言われたが、半年後には営業黒字となり3年で累積損失を一掃した。そして今や広い道内から集客する圧倒的な地域一番店。その理由は、北海道ならではのしがらみのない道民消費者の合理性と、大丸のしたたかな新しい戦略「札幌モデル」(札幌店で成果を出した新しい百貨店事業ビジネスモデル)との合作でできた革新的百貨店だからだと分析されている。この「札幌モデル」はその後の東京店でも採用されている。2026年4月訪問。所在地:札幌市中央区北5条西4丁目7。
2026-05-15
札幌『丸ヨ池内』跡 (2025年8月廃業)
初代は滋賀県日野町出身で1893年(明治26年)6月に札幌で池内金物店を創業。1965年(昭和40年)4月10日小売部門を百貨店化して日本百貨店協会加盟店となるが百貨店経営に苦戦し1968年から丸井今井傘下に入る。しかし丸井今井の業績悪化で1998年に資本提携を解消して自主運営に戻り、テナント誘致を中心としたファッションビル運営にシフト。2011年4月1日から札幌アルタ跡を・IKEUCHI ZONEとしてオープンしたが契約満了に伴い2022年5月29日閉店。2022年10月15日からは完成した新しい本社ビル・IKEUCHI GATEのみで営業再開。その後2024年1月に名古屋の繊維メーカーにIKEUCHI GATEを売却し2025年8月に運営からも撤退。百貨店「丸ヨ池内」としての歴史を閉じた。同年末に日本百貨店協会からも退会している。跡地店舗は新企業により2025年12月12日から「札幌GATE 」として再出発している。IKEUCHI ZONE跡は商業施設「ピヴォクロス」になった。北海道の老舗百貨店ブランドが消滅したが小売業を除く会社としては現存している。2026年4月訪問。所在地:札幌市中央区南1条西2丁目18。
2026-05-13
『丸井今井苫小牧店』跡 (2005年10月23日閉店)
1995年9月、苫小牧駅の東側に隣接して開店。売場面積12,200㎡。1997年1月期売上高70.9億円。丸井今井としては最も新しい出店だったが開店当初から大型店の激戦地だったことでわずか10年後の2005年10月23日に閉店。丸井今井撤退後は2006年11月23日テナントビル「ゼウス・シティ」が開店するも業績不振で2008年4月30日閉店。その後は物件を取得した社会福祉法人が再開発して2014年11月から観光案内所などが入居する3階建てテナントビルの「ふれんどビル」と12階建て高齢者複合施設になった。2026年4月訪問。所在地:苫小牧市表町5-11-1。
2026-05-09
苫小牧『鶴丸百貨店』跡 (2002年10月31日閉店)
1921年(大正10年)中島呉服店として創業し、1952年(昭和27年)12月7日から地域唯一の百貨店として開店。1962年から増改築を重ね市内初のエスカレーター、エレベーター、屋上遊園地を備えた大型店に成長、「苫小牧で最も老舗の百貨店」をキャッチフレーズに繁盛していた。売場面積4,871㎡。1973年からの相次ぐ大型スーパーの進出に対抗すべく駅前移転増床計画を発表したが地元商店街の反対で断念。西武百貨店と提携するなど強化を図るも立地する商店街とともに業績が低迷。さらに1995年の丸井今井進出で経営危機となり、2000年6月8日再開発ビル・ビッグジョイの核店舗として新店舗に移転するも売上は伸びず、2002年(平成14年)10月31日閉店。現在最初の店舗跡地はホテル・ドーミーインになり、移転したビッグジョイ跡地は更地になっていた。2026年4月訪問。所在地:(初代)苫小牧市錦町2-1-22、(2代目)苫小牧市錦町1-5。
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1971 年(昭和 46 年) 9 月 24 日西友ストア水戸店として開店。 1988 年(昭和 63 年) 4 月増築と合わせて西友が経営する百貨店業態の「水戸西武店」に業態転換。さらに 2000 年(平成 12 年) 9 月 22 日にリヴィン水戸店に名称変更して業態転換。 ...
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秋田市にある木内デパートは、かつて「秋田の三越」と言われた地域一番店で、お歳暮お中元では絶対的信頼の包装紙であり修学旅行の見学コースにもなっていたという。現在は、1990年に日本百貨店協会を退会し業務縮小、1階で衣料品のみを取り扱っている。消費税を取らない方針、ピカピカのトイレ...