全国の百貨店(デパート)を直接訪ね歩き、撮影し記録に残します。そして時々旅の情報も紹介します。

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2026-06-17

小樽『ニューギンザ百貨店』跡 (1988年7月3日閉店)

始まりは1917年(大正6年)小樽で創業した河野呉服店。1950年(昭和25年)4月ニューギンザ百貨店と屋号を変えて1955年百貨店化。丸井今井、大国屋に次ぐ3番目の百貨店として互いに競い合って成長。1965年には地域一番店になった。若者衣料品に注力した時期の合言葉は「GOGOヤング・ニューギンザ」。売場面積4,043㎡、19831月期売上高20.7億円(百貨店調査年鑑より)。1970年頃から急激に業績が悪化、駅前再開発ビル進出に手を挙げるも長崎屋に敗れ、店舗敷地の再開発を契機に1988年(昭和63年)73日閉店廃業した。跡地は再開発され1990年から丸井今井小樽店と小樽グランドホテルになった。その後、2015年もう一度再開発され現在は高齢者施設と病院になっている。20215月訪問。20266月更新。 所在地:小樽市稲穂1-5-1

2026-06-15

小樽『大国屋』跡 (1993年4月30日閉店)

(大国屋の表記について➡「大國屋」「大国屋」どちらも使われていたようだがここでは「大国屋」で統一使用する。なお「大黒屋」は福島県の百貨店参照。)

ルーツは1853年(嘉永6年)富山県旧井波町で創業した古着商。1877年(明治10年)屋号を大国屋に変えて呉服商となる。1907年(明治40年)小樽支店を開店。1924年(大正13年)3月には呉服店を出店。1934年(昭和9年)4階建て新店舗で百貨店を開業した。1975年頃までは小樽3大百貨店の1店として「品質は大国屋」と言われ成長した。大国屋5階には屋号にちなんで出身地の富山県井波特産の神殿彫刻を備えた大国神社が祀られていたという。1975年小樽駅前に長崎屋が出店してから売上が減少し始め、1989年には提携していた西武百貨店傘下となる。売場面積4,458㎡。19891月期売上高30.9億円(百貨店調査年鑑)。1990年の丸井今井の増床の影響でさらなる売上減少で赤字となり1993年(平成5年)430日閉店。跡地は現在オーセントホテル小樽になっている。20215月訪問。20266月更新。所在地:小樽市稲穂2-15-1

2026-06-13

『丸井今井小樽店』跡 (2005年10月23日閉店)

今井呉服店が小樽に支店を出したのは1891年(明治24年)101日。1923年(大正7年)稲穂第一大通に移転して小樽最初の百貨店を開業させた。小樽市とともに発展し長崎屋が駅前出店するまでの1975年頃までは大国屋、ニューギンザ百貨店とともに3店が競い合ってサンモール一番街が賑わっていた。当初の売場面積4,409㎡。19891月期売上高56.9億円。その後、長崎屋進出や郊外SCの進出に対抗し1990年(平成2年)9月ホテル併設の複合型新店舗へ増床移転。移転後売場面積13,546㎡。19971月期売上高106.6億円。しかし1999年小樽築港へ98,000㎡の巨大SC「マイカル小樽」出店などの影響で売上が減少し2005年(平成17年)1023日閉店。翌月から複合型商業施設「サンモール・ネオ」となるが2009年閉店、ホテルも廃業。跡地は再び再開発され2015年から高齢者施設と病院になった。20215月訪問。20266月更新。所在地:小樽市稲穂1-4-1

2026-06-11

『きたみ東急百貨店』跡 (2007年10月31日閉店)

北見市が中心市街地活性化のために進めた駅前再開発ビルの核店舗として出店要請を受けて東急百貨店が1982年(昭和57年)823日開店。売場面積12,500㎡。最盛期の19931月期には売上高145億円を記録し市民に親しまれていた。しかしその後の郊外店との競争で売上が大きく減少して20071031日閉店。併設していた北見東急インホテルは2010年に閉店してホテル部分は解体された。現在は2021年隣接地に市役所が移転してきて百貨店跡を運営する第三セクター「コミュニティプラザ・パラボ」とともに市民に親しまれており、公民連携で百貨店閉店後の再構築に成功した希少な事例となった。市役所新庁舎とスカイウォークでつながっており、駅・バスターミナル・商業ビル・市役所がワンストップで利用できる便利さが実現している。20215月訪問、20266月更新。所在地:北見市大通西2-1

2026-06-09

北見 『まるいいとう百貨店』跡 (1986年7月閉店)

北見市はオホーツク地方の中心都市で人口約10万。北見で最初に出来た百貨店が「まるいいとう」。創業は1914年(大正3年)331日。新潟出身の伊藤元治が札幌の丸井今井から暖簾分けして丸い伊藤呉服・金物店を開業。1929年(昭和4年)に店舗を増築して百貨店形態となる。百貨店法の適用を受けたのは1956年(昭和31年)11月で翌年には日本百貨店協会に加盟。最大売場面積7,220㎡、駅前一等地で展望エレベーターや上下エスカレーターを備えた本格的な店舗となった。19821月期売上高61.4億円(百貨店調査年鑑より)。その後きたみ東急百貨店や郊外店が進出して業績悪化、東急百貨店と業務提携したのち自主廃業を決定し19867月閉店。跡地は東急グループの商業ビルを経て解体再開発され、現在は北見信用金庫本店になっている。中央大通を挟んで向かい(現在ルートインホテル)には金市舘北見店もあった。20215月訪問、20266月更新。 所在地:北見市大通東1丁目2

2026-06-06

夕張『丸丹おかむら』跡 (1980年1月閉店)

炭鉱の町・夕張には、かつて空知地方唯一の協会加盟百貨店「丸丹おかむら」があった。始まりは島根県出身の岡村亀吉が1892年(明治25年)創業した衣料と日用雑貨店。2年後には岡村呉服店となる。明治35年、大正6年、昭和24年の大火全焼被災を乗り越え1957年(昭和32年)11月百貨店法に基づく百貨店となった。売場面積約2,500㎡。5階レストラン「丹頂グリル」や3階喫茶「人々」などが大人気となった。1960年には人口11万人を有し大いに賑わったが、石炭産業の斜陽化で炭鉱閉山が相次ぎ人口も半数以下となり1980年(昭和55年)1月閉店した。跡地は第三セクターが買収して1986年からホテルとなったが、その後の急激な過疎化と財政破綻などから現在はホテルも休業して廃墟状態になっている。20265月の夕張市人口は約5,700人。所在地:夕張市本町2丁目19

2026-06-04

帯広『藤丸』跡 (2023年1月閉店・2030年再生予定)

富山県出身の藤本長蔵氏が1897年(明治30年)行商で訪れた帯広に定住し店を持ち、1900年(明治33年)1030日北越呉服を創業。開拓者への商品提供で信頼を得て現在地に土地を購入、1930年(昭和5年)に百貨店を開業した。戦後は順調に成長して1982年(昭和57年)31日自社ビルを建てて売り場を拡大。1997年度には年商143.8億円まで成長した。しかしその後は郊外大型店との競争に加えて中心商店街の空洞化や不況で業績が悪化、2023131日閉店した。売場面積14,374㎡。1981年出店した帯広空港売店は20221123日閉店。藤丸の屋号と事業は新会社に引き継がれて2026年からビルの解体工事が始まった。2030年の新店舗での新しい商業施設オープンを目指して2025年から近くの空き地を利用した仮設店舗「藤丸パーク」や「藤丸オンラインショップ」を開設して地域ぐるみで法人存続をPRしている。20215月訪問、20266月更新。所在地:帯広市西2条南8丁目-1

2026-06-02

『札幌松坂屋』跡 (1979年2月1日閉店)

かつて治安の悪かったススキノを買い物やビジネスで来る人たちもいる健全な街にしようと再開発の象徴として誘致して松坂屋と竹中工務店との共同出資で1974年(昭和49年)68日開店。札幌に銀座を持ってくるというキャッチフレーズもあったほど期待されたが業績不振で松坂屋としては197921日わずか5年で閉店。売場面積23,682㎡。あとを引き継いだイトーヨーカドーが1979428日「ヨークマツザカヤ」を開店。19943月からはイトーヨーカドーの百貨店ブランド「ロビンソン百貨店札幌」に屋号変更して2009118日閉店。同年326日からは複合型商業施設「ススキノ ラフィラ」となり2020517日閉店。建物は解体再開発されて20231130日から複合型施設「ココノススキノ」となった。ここには1階の共創型サテライトスタジオがあり在北海道ラジオ・テレビ9局が活用したり、帯広発祥のスーパーダイイチが入居しておりススキノで貴重な存在となっている。20264月訪問。所在地:札幌市中央区南4条西4丁目1。

2026-06-01

『札幌三越』

札幌に三越が開店したのは1932年(昭和7年)51日。札幌では五番館、丸井今井に次いで3番目に開店した百貨店として戦前から戦後しばらくは3大百貨店の競争が続いた。やがて経営危機になった丸井今井をグループ傘下に置き2011年からは株式会社札幌丸井三越が経営する店舗となった。2022年には開店90周年の三越と開店150周年の丸井今井が共同でキャンペーンを展開。大通地区の2店として地域一番店の大丸札幌店に対峙している。正面玄関の暖簾と創業300年を記念して1972年に設置されたライオン像とループ化された札幌市電が玄関前を通過するのが定番の景色。売場面積22,998㎡。20263月期売上高223.5億円。開発進む札幌駅前地区に対して丸井今井札幌本店とタッグを組んで大通地区の魅力発信を続けている。20264月訪問。所在地:札幌市中央区南1条西3丁目8

2026-05-30

『丸井今井札幌本店』

新潟県三条市出身の今井藤七が明治5年(1872年)51日に創成川畔で小間物商・今井商店を創業。廉価で誠実な商いが評判となり大いに繁盛して2年後には新築移転して丸井今井呉服店を開店。5年後には正札販売を開始して評判を呼んだ。そして1916年(大正5年)札幌で五番舘の次に百貨店を開業、北海道初のエスカレーター導入をした。戦後は売場の拡大をすすめ昭和40年ごろから三越、五番館に大差をつけて札幌の地域一番店となり「丸井さん」と呼ばれ親しまれてきた。1997年度売場面積38,175㎡、19971月期売上高727億円(1997年百貨店調査年鑑より)。しかし1997年メインバンクの経営破綻をきっかけに資金繰りが悪化、再建策を講じるも2009年民事再生法の適用申請をして倒産。そして現在は三越伊勢丹グループの傘下で暖簾を守っている。2027年には創業155周年を迎える北海道のブランド。2009年からの地域一番店・大丸札幌店に対し、三越とともに大通地区の核店舗として頑張っている。新千歳空港に売店「きたキッチン」を出店している。売場面積37,003㎡。20263月期売上高385億円。20264月訪問。所在地:札幌市中央区南1条西2丁目11

2026-05-27

札幌『五番舘』跡 (2009年9月30日閉店)

松江出身の小川二郎氏が1899年(明治32年)札幌興農園として創業した種苗店をルーツとする。1906年(明治39年)には五番舘興農園として北海道初の百貨店を札幌駅前の電車通りにレンガ造りの店舗で開業。店舗を引き継いだアメリカ帰りの小田良治氏によって発展した。戦後は丸井今井、三越と並ぶ札幌三大百貨店の一つとなり、「三越は見る店、丸井は遊ぶ店、五番舘は買う店」と市民から親しまれ、多くの道産子にとって郷土のデパートとして存在していた。しかし百貨店の進出が相次ぎ、増床や西武と提携し1997年からは西武百貨店札幌店として対抗するも業績は回復せず2009年(平成21年)930日閉店した。売場面積25,008㎡。20092月期売上高124.7億円はピーク時の3割になっていた。建物は解体され地上32階建て・高さ200mのヨドバシタワーの建設工事が開始された。ヨドバシカメラ、商業施設、ホテル、オフィスで構成される複合ビルが2028年度の完成を目指している。20264月訪問。所在地:札幌市中央区北4条西3丁目1。

2026-05-24

『札幌そごう』跡 (2000年12月25日閉店)

札幌駅に隣接する国鉄バス営業所跡地にできた札幌ターミナルビル「エスタ」の核店舗として1978年(昭和53年)91日開店。当時の売場面積約28,000㎡は丸井今井や東急百貨店と肩を並べる規模だった。ピーク時には売上高が500億円を超えていたがバブル崩壊とともに業績が悪化、20007月に民事再生法の適用を申請したが継続不可能店と判断され2000年(平成12年)1225日閉店。そごう撤退後は複合商業施設「札幌エスタ」として営業していたが札幌駅再開発工事に伴い2023831日閉店。年間9億円の家賃を失ったJR北海道は複合型高層ビル再開発を急ぐも北海道新幹線札幌駅開業が8年延びて2038年度見込みとなり、再開発ビルの竣工予定も2034年度に延期された。なお入居していたビックカメラやユニクロなどのテナントは隣接の東急札幌店に移転開業している。20264月訪問。所在地:札幌市中央区北5条西2丁目1。

2026-05-22

『東急百貨店札幌店』 

東急百貨店初の地方出店となるさっぽろ東急百貨店が開店したのは1973年(昭和48年)105日。札幌駅東側マンション建設ラッシュでの人口増加地帯に一番近く、札幌駅前地区の百貨店として生き残り、店内に企業主導型保育園を開設したり祝祭日も営業する郵便局を誘致。新千歳空港にも売店を出している。さらに2023年に閉店した札幌エスタから、ユニクロ、ビックカメラ、GU、バンダイナムコなどの大型専門店を誘致して専門店対百貨店売場の面積比を73とする店舗構造改革を行った。結果、入店客数が前年の2倍になり客層も一気に若返り業績も好調に推移。しかし一方で百貨店直営売り場は3割に減少し、既存顧客や百貨店ニーズにどう対応していくかが今後のテーマか。売場面積30,084㎡、20261月期売上高106.7億円。20264月訪問。所在地:札幌市中央区北4条西2丁目1。

2026-05-19

『大丸札幌店』…北海道の地域一番店

札幌駅南口整備計画でできたJRタワーウェストに2003年(平成15年)36日開店。2026年現在、協会加盟百貨店のなかでは日本最北店舗である。売場面積45,000㎡。2010年からは三越丸井今井を抜いて地域一番店となった。20262月期売上高882億円。開店23年を経て道内トップとして売上1000億円超を目指している。オープン前は北海道で「無名の新参者・大丸」が後発で出店するなど無謀だと言われたが、半年後には営業黒字となり3年で累積損失を一掃した。そして今や広い道内から集客する圧倒的な地域一番店。その理由は、北海道ならではのしがらみのない道民消費者の合理性と、大丸のしたたかな新しい戦略「札幌モデル」(札幌店で成果を出した新しい百貨店事業ビジネスモデル)との合作でできた革新的百貨店だからだと分析されている。この「札幌モデル」はその後の東京店でも採用されている。20264月訪問。所在地:札幌市中央区北5条西4丁目7。

2026-05-15

札幌『丸ヨ池内』跡 (2025年8月廃業)

初代は滋賀県日野町出身で1893年(明治26年)6月に札幌で池内金物店を創業。1965年(昭和40年)410日小売部門を百貨店化して日本百貨店協会加盟店となるが百貨店経営に苦戦し1968年から丸井今井傘下に入る。しかし丸井今井の業績悪化で1998年に資本提携を解消して自主運営に戻り、テナント誘致を中心としたファッションビル運営にシフト。201141日から札幌アルタ跡を・IKEUCHI ZONEとしてオープンしたが契約満了に伴い2022529日閉店。20221015日からは完成した新しい本社ビル・IKEUCHI GATEのみで営業再開。その後2024年1月に名古屋の繊維メーカーにIKEUCHI GATEを売却し20258月に運営からも撤退。百貨店「丸ヨ池内」としての歴史を閉じた。同年末に日本百貨店協会からも退会している。跡地店舗は新企業により20251212日から「札幌GATE 」として再出発している。IKEUCHI ZONE跡は商業施設「ピヴォクロス」になった。北海道の老舗百貨店ブランドが消滅したが小売業を除く会社としては現存している。20264月訪問。所在地:札幌市中央区南1条西2丁目18

2026-05-13

『丸井今井苫小牧店』跡 (2005年10月23日閉店)

19959月、苫小牧駅の東側に隣接して開店。売場面積12,200㎡。19971月期売上高70.9億円。丸井今井としては最も新しい出店だったが開店当初から大型店の激戦地だったことでわずか10年後の20051023日に閉店。丸井今井撤退後は20061123日テナントビル「ゼウス・シティ」が開店するも業績不振で2008430日閉店。その後は物件を取得した社会福祉法人が再開発して201411月から観光案内所などが入居する3階建てテナントビルの「ふれんどビル」と12階建て高齢者複合施設になった。20264月訪問。所在地:苫小牧市表町5-11-1

2026-05-09

苫小牧『鶴丸百貨店』跡 (2002年10月31日閉店)

1921年(大正10年)中島呉服店として創業し、1952年(昭和27年)127日から地域唯一の百貨店として開店。1962年から増改築を重ね市内初のエスカレーター、エレベーター、屋上遊園地を備えた大型店に成長、「苫小牧で最も老舗の百貨店」をキャッチフレーズに繁盛していた。売場面積4,871㎡。1973年からの相次ぐ大型スーパーの進出に対抗すべく駅前移転増床計画を発表したが地元商店街の反対で断念。西武百貨店と提携するなど強化を図るも立地する商店街とともに業績が低迷。さらに1995年の丸井今井進出で経営危機となり、200068日再開発ビル・ビッグジョイの核店舗として新店舗に移転するも売上は伸びず、2002年(平成14年)1031日閉店。現在最初の店舗跡地はホテル・ドーミーインになり、移転したビッグジョイ跡地は更地になっていた。20264月訪問。所在地:(初代)苫小牧市錦町2-1-22、(2代目)苫小牧市錦町1-5

2026-05-06

『室蘭ファミリーデパート桐屋』跡 (1998年5月業態転換)

ルーツは1939年(昭和14年)室蘭で創業した桐屋呉服店。1981年(昭和56年)415日「室蘭ファミリーデパート桐屋」として現在地に開店。丸井今井と長崎屋とともに各店が売場面積8,000㎡規模での同時開店だった。桐屋は廉価に徹した販売で差別化を図り1998年(平成10年)5月に増床して複合型商業施設「室蘭サティ」に業態転換。マイカル北海道と合併して2002年「ポスフール室蘭」に名称変更。さらに201131日「イオン室蘭店」となり現在に至っている。現在、郊外への拡大移転計画がある。売場面積14,654㎡。20264月訪問。所在地:室蘭市東町2-4-32

2026-05-04

『丸井今井室蘭店』跡 (2010年1月20日閉店)

製鉄所で有名な室蘭市には1891年(明治24年)11月から今井呉服店が室蘭市中央町に支店を出し、1981年(昭和56年)東室蘭の中島町に移転、室蘭市唯一の百貨店となり2010120日閉店するまで118年の歴史を刻んだ。売場面積9,350㎡。20071月期売上高48.9億円。製鉄関係の法人客が多く、丸井今井本体の経営悪化時点でも黒字店だった。現在、東室蘭駅近くの跡地はヤマダ電器テックランドになっている。中央町の旧店舗跡は室蘭プリンスホテルが建っている。20264月訪問。所在地:室蘭市中島町1-25-1。室蘭駅最寄りの旧店舗所在地:室蘭市中央町1丁目49

2026-05-02

ウィングベイ小樽『小樽ビブレ』跡 (2002年8月31日閉店)

 ニチイが支援する百貨店連合が、JR小樽築港駅の貨物ヤード跡地再開発でできた大型商業施設「マイカル小樽」の一番街に核店舗として日本百貨店協会加盟百貨店「小樽ビブレ」を1999年(平成11年)311日開店。売場面積約40,000㎡。当時は駅やホテルと直結した日本最大規模の商業施設として話題になったが、全体の業績が振るわず親会社のマイカルが2001年に民事再生法適用を申請したことで事実上破綻。「小樽ビブレ」も僅か3年半後の2002年(平成14年)831日閉店。民事再生法適用申請後、数々の混乱を経て跡地は複合型施設「ウィングベイ小樽」になっている。20264月訪問。所在地:小樽市築港11-1ウィングベイ小樽1番街。

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