全国の百貨店(デパート)を直接訪ね歩き、撮影し記録に残します。そして時々旅の情報も紹介します。

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2026-08-04

『高島屋洛西店』跡 (2026年8月3日閉店)

京都の洛西ニュータウンの中心にできたショッピングセンター敷地に土地分譲を受けて自前で建物を建設し、京都店の分店として1982年(昭和57年)416日開店。中規模の百貨店として堅調に推移してきていたが、計画されていた地下鉄東西線の延伸中止や人口減少、40年を経過して建物の老朽化と近隣大型商業施設との競争激化による売上減少で2024年から赤字となり黒字化の目途が立たないとして202683日閉店した。今後は隣接する専門店街に小型店「タカシマヤローズショップ」を設置して京都店がニーズに対応する。跡地はシニア向け分譲マンション等に活用される予定とのこと。売場面積8,079㎡。20252月期売上高47.6億円。2026年2月訪問。所在地:京都市西京区大原野東境谷町2-5-5

2026-03-11

MOMOテラス『近鉄桃山店』跡 (2014年9月30日閉店)

近鉄が開発した商業施設「モモ」の核店舗として1996年(平成8年)1126日開店。しかし一度も黒字化することなく2014930日閉店。20142月期売上高80億円。売場面積30,334㎡。京都で最後まで残った近鉄百貨店の閉店だった。閉店後は住友商事の運営となり、現在は2000台収容の駐車場を持つ巨大な商業施設「MOMOテラス」となっている。西側には桃山御陵が広がっている。20262月訪問。所在地:京都市伏見区桃山町山ノ下32

2026-03-09

『四条河原町阪急』跡 (2010年8月22日閉店)

開店は19761015日。最盛期には171億円あった売上高が20103月期45.7億円まで減少(百貨店調査年鑑)して2010822日閉店。閉店時の売場面積9,366㎡。途中マルイを経て現在は京都河原町ガーデンとなっている。百貨店時代から入口にある世界地図のオブジェは、現在も京都の待ち合わせ場所として市民に親しまれている。20262月訪問。所在地:京都市下京区四条通河原町東入真町68番地。

2026-03-07

『京都高島屋S.C.』 京都の地域一番店

幕末の新選組もお客様だった記録が残る高島屋京都店。202310月に新館T8を加えて売場面積約65,000㎡の京都S.C.をオープンさせた。圧倒的な地域一番店を目指して20252月期売上高は1,115億円と1,000億円越えを達成。百貨店部分の売場面積58,347㎡。平日にもかかわらず来店客の賑わいや活気を見るとさすがは地域一番店。新館7階には全国で3ヶ所しかないという任天堂オフィシャルショップがある。高島屋にとって創業の地・京都は進取の精神の原点であり成長のけん引役にもなっている。20262月訪問。所在地:京都市下京区四条河原町西入真町52

2026-03-05

京都市 『藤井大丸』 創業160周年に本館建替を発表

創業は1870年(明治3年)初代が行商から初めて1935年(昭和10年)に百貨店化。1972年(昭和47年)マクドナルド関西1号店が1階にオープンしたことで有名。高島屋、大丸という百貨店の巨人が隣接している環境でも、独特の経営戦略で高級ブランドはないけれど若者に人気のファッション感度の高い有力セレクトショップを数多く展開して京都で独自の地位を築いている。コロナ禍で大きな減収を強いられるもその後4期連続で増収を達成。自社所有の路面店を活用した事業継続をしながら2030年の創業160周年に向けて202656日をもって本館の休業と建て替えを発表した。売場面積17,412㎡。20252月期売上高99億円。20262月訪問。ユニークな歴史は藤井大丸ホームペで紹介されている。所在地:京都市下京区寺町通四条下ル貞安前之町605

2026-03-03

『大丸京都店』(だいまる・きょうとみせ)

現在地に1912年(明治45年)デパート形式で京都大丸を開店。店舗は心斎橋店と同じくヴォーリズ設計で建てられた。以来この地で現在に至り、高島屋に次いで京都二番店の座を守っている。そして京都にこだわって地元色を鮮明にした差別化戦略を進めており。例えば、百貨店で唯一常設の「金継ぎサロン」があり京都の伝統工芸の魅力を発信していたり、リニューアルしたレストラン街も半分以上が京都に縁のある店になった。また整備された屋上広場は地域の家族連れに人気の場所として週末は賑わっている。売場面積50,830㎡。20252月期売上高787.8億円(前年比+11.7%)。一番店の高島屋がS.C.をオープンさせたのは脅威であると同時に集客を取り込むチャンスでもあったようです。20262月訪問。所在地:京都市下京区四条通高倉西入立売西町79

2026-02-24

京都ファミリー『近鉄西京都店』跡 (1995年2月28日閉店)

京都西院エリアの商業施設「京都ファミリー」の核店舗としてジャスコとともに1982年(昭和57年)1115日開店。19892月期売上高40.6億円。売場面積5,100㎡の小型店だったが開店当初は順調に売上を伸ばしていた。しかし1997年のJR京都伊勢丹の進出を前にして、迎え撃つ百貨店間の競争が激しくなり売上が減少して1995228日に閉店した。跡地は専門店街となり残ったジャスコはイオンとなっている。ここに百貨店が出店していたとは、なかなか想像できない小規模に感じた。20261月訪問。所在地:京都市右京区山ノ内池尻町1-1(京都ファミリー)。

2025-12-20

“他国店持京商人”『奈良屋』跡 …デパート開業の日に寄せて…

伊勢に生まれた初代杉本新右衛門が寛保3年(1743年)85日京都烏丸四条で呉服商として創業し屋号を奈良屋と定めた。江戸時代後期には“他国店持京商人”(たこくたなもちきょうあきんど)として、行商先だった下総の佐原、佐倉に出店。佐倉藩主や伊能忠敬などとも交流した。千葉への出店は1909年(明治42年)9月10日。この奈良屋呉服店が、戦後、千葉随一の百貨店となった『奈良屋(後の千葉三越)』のルーツである。今回は、1764年(明和元年)に出店し昭和40年代半ばに閉店した佐原店跡と、1807年(文化4年)に出店して1931年(昭和6年)に閉店した佐倉店跡を訪ね歩き。佐原では町並み交流館の方に、佐倉では市立図書館の方に現地の情報提供をしていただいた。参考資料:「佐原の街並みかわら版(平成278月号)」、「佐倉お茶の間風土記(昭和54年発刊)」、「奈良屋二百二十年(昭和37年発行)」。20251219日訪問。所在地・佐原店跡:香取市佐原イ1720、佐倉店跡:佐倉市新町204 ※当ブログの千葉県・番外編『千葉・奈良屋のルーツ杉本家』、千葉県『千葉三越(旧奈良屋)』参照。

2024-08-22

『大丸山科店』 (2019年3月31日閉店)

JR・京阪京津線の山科駅前にある大丸は1998年京都店の分店としてラクト山科SCに開店。売場面積を途中で縮小させ5,960㎡と中規模となり、2019331日閉店し撤退。大丸各店のように「やましなみせ」と呼ばれていた。2025年現在、ニトリや無印良品が核テナントになっている。訪ねた当時は週末でしたが人通りが少なく静かでした。20172月訪問。所在地:京都市山科区竹鼻竹ノ街道91。

2024-06-12

『JR京都伊勢丹』

19979月開店、京都では最も後発の百貨店ながら地域3番店。売場面積47,883㎡。20243月期売上高695.5億円(旧会計基準)。観光客の利用も多く、平日5万人、土休日10万人とテーマパーク並みの入店客数を誇る便利なターミナルデパート。店内の長―いエスカレーターは有名です。20242月訪問撮影。

『近鉄百貨店京都店』跡 (2007年2月28日閉店)

ルーツは1920年(大正9年)京都物産館として開業。1931年(昭和6年)「丸物」に商号変更。長く丸物本店として存在してきた。1977年(昭和52年)京都近鉄百貨店に商号変更。2000年には百貨店を閉じて複合施設「近鉄プラッツ」に業態変更するも20072月末をもって閉店。建物も解体新築され、2010年からヨドバシカメラ・マルチメディア京都店となる。

2024-06-08

大丸店主・下村家の館『大丸ヴィラ』(京都市上京区)

地下鉄の丸太町駅を北へ上がると、イギリス風の洋館があります。駅の出入口もその塀のデザインと合わせています。この洋館は大丸店主の下村家が居宅として昭和7年にヴォーリズ建築事務所の設計、清水組の施工によって建てられました。

千葉・奈良屋のルーツ『杉本家』(京都市下京区)

今はなき千葉市の老舗百貨店・奈良屋のルーツを京都に訪ねました。京都市下京区綾小路通新町西入ル矢田町に1767年から店を構えた杉本家は、他国店持京商人として当初は千葉県佐原に出店したと記録にあります。千葉ではそごうが進出するまでは地域一番店でした。その後、ニューナラヤ、千葉三越と変遷し閉店してしまいましたが、杉本家は現在も京都に残っています。一般公開していますが建物内部は残念ながら写真撮影禁止でした。201911月訪問。

京都杉本家のホームページ➡ 公益財団法人 奈良屋記念杉本家保存会

『三井越後屋京本店(キョウホンダナ)記念庭園』(京都市中京区)

京都市中京区室町通二条上ル冷泉町に、昭和58年まで三越京都支店だった三井越後屋京本店記念庭園を訪ねました。庭園は非公開ですが門と石碑を見学することができます。三井高利が商人の理想である「江戸店持京商人」(えどたなもちきょうあきんど)を実現させた三井京都発祥の地として保存されています。世界で初めて現金安売り掛値なしでアウトレット商法を発明し、庶民の味方として大躍進してきた三越の歴史に想いをはせるひと時でした。201911月訪問撮影。

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