全国の百貨店(デパート)を直接訪ね歩き、撮影し記録に残します。そして時々旅の情報も紹介します。

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2025-11-12

『東武宇都宮百貨店大田原店』 (2026年8月末閉店予定)

人口7万人の城下町、そして県北の商業拠点・大田原市にある「東武宇都宮百貨店大田原店」は、かつて宇都宮の老舗「上野百貨店」が1999年に開店するも翌年倒産閉店した店舗。銀行からの要請を受けて跡地に200296日に出店。平日でも広い駐車場は多くの車で埋まるのは栃木県北部の貴重な百貨店だからか。20229月訪問。売場面積12,248㎡。2025年2月期売上高37.5億円。県北唯一の百貨店として茨城県などからも集客していたが、建物の賃貸借契約が2027年2月終了となることに伴い2026年8月31日で閉店することを発表した。所在地:栃木県大田原市美原1-3537-2。2025年11月12日追記。

2025-06-26

番外編 足利市にあった百貨店類似大型店4店

『足利デパート』跡 (20138月閉店)地元の小沢用品店が3階建ての「足利デパート」を1951年(昭和26年)4月開店。地元では市内の中学校、高校の制服を取り扱い「足デパ」と呼ばれ親しまれた。2013829日閉店。通3丁目交差点近くに看板の付いた建物が現存している。所在地:足利市通3丁目2606-4

『高島屋ストア』跡 (20162月閉店)1932年(昭和7年)715日通2丁目交差点角(みずほ銀行向かい)に開店。その後高島屋ストアとして1969年(昭和44年)大型店化。2016228日閉店。建物(いぶきビル)は取り壊され現在は更地になっている。所在地:足利市通2-2635

『藤五ストア足利店』跡 (19858月閉店)1968年(昭和43年)65日開店。地下1階地上7階建・売場面積4,550㎡のフルライン型店舗。途中藤五ストアが経営破綻して1985年(昭和60年)84日閉店。所在地:足利市伊勢町3-6-4(現在の太平記館)。

『キンカ堂足利店』跡 (19985月閉店)1970年(昭和45年)715日開店。当時は足利市最大の売場面積約12,500㎡で賑わっていたが、1998年(平成10年)5月閉店。その後結婚式場などを経て2025年現在跡地は活用されていない。所在地:足利市永楽町3623

2025-06-23

『十字屋足利店』跡 (1993年12月末閉店)

1950年に創業した「さくら屋呉服店」が、1967年(昭和42年)1127日両毛地区初の百貨店法に基づく地上8階建さくら屋百貨店を開店。商店街の核店舗に成長した。その後、藤五ストア、キンカ堂の進出、高島屋ストアの増床など競争が激化、1970年(昭和45年)4月に十字屋に営業権を譲渡して十字屋足利店となる。売場面積5,686㎡。19892月期売上高21.3億円(百貨店調査年鑑1989年度版より)。県南唯一の百貨店として順調に業績を上げていたがやがて競争の激化で佐野店より早い1993年(平成5年)1231日閉店した。建物は解体され空き地となっていたが、20035月から食品スーパー「フレッセイ通町店」となっている。所在地:足利市通3丁目-260020256月訪問。 

2025-06-20

『十字屋佐野店』跡 (1996年8月閉店)

両毛線佐野駅から南へ徒歩3分の場所に旧小佐野百貨店が建てた「こさのビル」に1981年(昭和56年)321日開店。地下1階・地上5階建て売場面積6,235㎡、19892月期売上高35.2億円(百貨店調査年鑑1989年度版より)。当初は駅前中心商店街の百貨店として人気を集めていたが売上が減少し1996年(平成8年)8月閉店。物件が格安で売り出されたため地元の医療法人が購入、躯体を残して大幅な改造を行い、現在は介護サービス対応型の多世代向け複合型マンションとして再利用されている。そのユニークさから国土交通省のリノベーション事例として取り上げられている。所在地:栃木県佐野市高砂町2500-120256月訪問。

2024-07-22

『東武宇都宮百貨店栃木市役所店』 

1990年から2011年まで福田屋百貨店栃木店だった建物が市に無償譲渡され、栃木市役所本庁舎となり、1階の一部に東武宇都宮百貨店が食料品中心の店舗で2014316日に開店。百貨店市役所としては石巻市役所の例と類似した成功事例。もともと全部が百貨店だったので市街地の中心で駐車場も広く便利。蔵の街と言われる観光名所にも歩いて行ける。売場面積2,886㎡。売上は宇都宮本店と合算発表だが年間1516億円で安定しているとのこと。20229月訪問。所在地:栃木県栃木市万町9-25。

宇都宮『ロビンソン百貨店』跡 (2003年9月閉店)

JR宇都宮駅西口再開発ビルに 19901030日開店。それより5年前の1985年、上野百貨店が駅前に移転出店の意向を示していたようで、もし実現していたら宇都宮の老舗百貨店復活の快進撃があったかもしれない。しかし決定したのはイトーヨーカドーグループのロビンソン百貨店だった。199410月の福田屋移転で大きく影響を受けたと言われている。出店以来一度も黒字化することなく2003年(平成15年)930日閉店。現在はトナリエ宇都宮という複合型商業施設となっている。 2022年9月訪問。

宇都宮『上野百貨店』跡 (2000年12月20日営業停止)

1895年(明治28年)10月創業の油屋呉服店。1929年(昭和4年)北関東で最初の百貨店となる。地元では親しみを込めて「上野さん」と呼ばれ、地域一番店の商標山十マークは信頼の証だった。しかし大型店の進出が激しくなると店舗拡張も地域の反対にあって実現せず1977年東武宇都宮百貨店に地域一番店の座を明け渡す。1985年頃から宇都宮駅西口再開発ビルへの移転を目指すもイトーヨーカドーグループの進出が決まり、新天地での巻き返し構想は実現しなかった。次第に資金繰りが悪化し20001220日営業停止で破産宣告を受ける。現在は新館跡がシティータワー宇都宮、本館跡は表参道スクエアとなっている。20229月訪問。

『西武百貨店宇都宮店』跡 (2002年12月25日閉店)

開店は1971年(昭和46年)617日。大型店競争に敗れ20021225日閉店。現在跡地は20108月からMEGAドン・キホーテになっている。20229月訪問。

宇都宮『福田屋百貨店』跡 (1994年10月業態転換し郊外移転)

ルーツは1934年(昭和9年)創業の洋品店。1962年(昭和37年)2月百貨店を開業。1970年には店舗が火災に遭い半年間休業する。1994年業態変更して現在のFKDショッピングプラザ宇都宮に移転開業し業績復活に成功した。現在跡地はNOF宇都宮ビルになっている。20229月訪問。

宇都宮『山崎百貨店』跡 (1976年6月26日閉店)

ルーツは1924年(大正13年)創業の山崎呉服店。1959年(昭和34年)10月上野百貨店に次いで百貨店となる。1964年には隣接するキャバレーの火災類焼で店舗が全焼する不運に見舞われた。激しい競争で行政が悪化し1974626日閉店。店舗の営業権をそのまま緑屋に譲渡して不動産業に転換した。現在跡地はオリオンスクエアとなっている。20229月訪問。

『十字屋宇都宮店』跡 (1987年業態変更後1999年閉店)

地図の「池上町」表示のあたり。1968年(昭和43年)1025日開店。6803㎡の中型店。1987年業態変更し19968平成8年)閉店。現在はコインパーキングになっている。20229月訪問。

『福田屋百貨店鹿沼店』

宇都宮の福田屋本店が馬場通にあった1989年(平成元年)4月出店したのが鹿沼店。自称デパート・モールとして1998年の増床を経て現在に至っている。FKD店舗も含めて協会非加盟ながら、栃木県発祥で唯一当初からの商標を守っていて、現在も法人外商が強いと言われている福田屋グループにあって、唯一丸福マークが生きている鹿沼店。2022年9月訪問。 

2024-05-25

『東武宇都宮百貨店宇都宮本店』


1959年(昭和34年)11月28日。東武鉄道のステーションデパートとして開店。都宮市唯一の百貨店として生き残った。売場面積32,633㎡。20222月期売上は前年比+8.8%、215.4億円。追い風となるのは宇都宮市が進めるLRT計画。2023年には芳賀町からJR宇都宮駅東口までの15キロが開通して予想を超える利用者で活況。さらに2030年代には西口から県教育会館まで延伸が決まり、東武のある中心市街地への回遊性が大いに期待できます。売上には栃木市役所店を含む。

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