全国の百貨店(デパート)を直接訪ね歩き、撮影し記録に残します。そして時々旅の情報も紹介します。

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2025-06-02

『田無西武店』跡(アスタビル) 1999年2月業態転換

西武線田無駅北口再開発事業でできた「田無アスタビル」に西友が運営する百貨店「田無西武店」として売場面積約20,000㎡で1995年(平成7年)310日開店。そして19992月リヴィン田無店に業態転換した。202411月にはリニューアルを機に2階以上にドン・キホーテやカインズ等のテナントを誘致して直営売り場を大幅に減らし、食品や日用品を中心に取り扱うスーパー西友本来の売場規模にしている。所在地:西東京市田無町2丁目1-120255月訪問。 

2025-05-28

『ミーツ国分寺』三越伊勢丹グループの地域密着型S.C.

三越伊勢丹グループの不動産部門が初めて手掛けた郊外立地の地元密着型S.C.として国分寺駅北口再開発ビルの商業スペース「cocobunji-WEST」約9,000㎡に201847日オープン。クイーンズ伊勢丹を核店舗に49店が出店。しかしこれまでは店舗の出入りが激しく苦戦中とみられていたが最近ようやく落ち着いてきた。普段使いの店舗として日常の買物で利用して、週末や非日常では新宿や立川の伊勢丹で買物をするファン獲得を目指している。また、国分寺市と連携した行政機能も多く三越伊勢丹グループが手掛ける複合型不動産事業の試金石として今後も注目の施設。商業スペースの多くの店舗で全国百貨店共通商品券が使用できる。所在地:東京都国分寺市本町3-1-120255月訪問。

2024-10-03

『さいか屋町田店』跡 (1976年10月業態転換)

町田ジョルナの前身、さいか屋町田店が川崎店の支店として開店したのは1967年(昭和42年)11月。地元の老舗・吉川百貨店に次ぎ2番目の出店だった。売場面積7,129㎡。店舗再編の過程で1976年(昭和51年)1028日からは、さいか屋が運営する専門店ビル「町田ジョルナ」に業態転換。

2024-10-01

『町田東急ツインズ(旧東急百貨店)』

原町田地区市街地再開発で建てられたビル2館(A棟・C棟)のテナントとして1980年(昭和55年)1025日開店。ウィキペディアによれば、東急田園都市線を町田まで延伸する構想があったため地元の吉川百貨店や伊勢丹、西武に優先して決定したとのこと。

2024-09-28

『町田大丸』跡 (2000年2月27日閉店)

小田急線・原町田駅(現在の町田駅)に隣接して1971年(昭和46年)10月開店。大丸としては関東地区で東京駅に次いで2番目の出店となった。売場面積15,925㎡。1976年に小田急百貨店が売場面積約26,000㎡と2倍近い規模で出店すると業績が悪化、1980年に「プラザビーミー」と名称を変えてリニューアル。

2024-09-26

『三越多摩センター店(旧多摩そごう)』跡 (2017年3月閉店)

日本最大の計画都市・多摩ニュータウンのセンター駅にできた多摩センター百貨店ビルに、1989年(平成元年)1020日多摩そごうが開店。売場面積34,200㎡。1998年度売上高195億円。赤字状況が続きそごう本体の経営破綻で2000917日閉店。

2024-09-23

『柚木そごう』跡 (1994年10月閉店)

多摩ニュータウン西部地区の拠点として都市計画された京王新線・南大沢駅(八王子市)の商業ビル「ガレリア・ユギ」の核店舗として1992年(平成4年)67日開店。忠実屋との同時出店のためか売場面積13,150㎡とそごうとしては中途半端な規模で、そごうが経営破綻するまえの1994年(平成6年)103日閉店撤退。

2024-09-21

『そごう八王子店』跡 (2012年1月31日閉店)

良くも悪くも八王子の中心商店街に多くの影響を与えたそごう八王子店。開店は1983年(昭和58年)111日。1990年に約5,000㎡の増床をして売場面積約36,000㎡となり当時残っていた西武百貨店に大差をつけて閉店に追い込んだ。しかし、そごう自体もこの頃から業績に陰りや経営独裁体制批判が表出し始め、

2024-09-18

『八王子大丸』跡 (1985年8月閉店)

大手百貨店としては八王子に3番目の進出で、甲州街道沿いの横山町に1972年(昭和47年)4月開店。西武百貨店と同規模の売場面積12,000㎡。すでに丸井やダイエーも出店している環境での新規参入だった。出店した頃は店舗の周辺が中心商店街だったが1983年の駅前そごう出店で、

『西武百貨店八王子店』跡 (1993年8月閉店)

八王子での大手百貨店では2番目の進出で、甲州街道と西へ伸びる放射道路の間の中町に、1970年(昭和45年)1025日開店。地下2階地上8階建て、売場面積12,000㎡に制限を受けた。そごう出店で打撃を受け、1991年の西友百貨店部門への移管を経て1993年(平成5年)8月閉店。

『八王子伊勢丹』跡 (1979年2月閉店)

大手百貨店の中で最初に八王子に進出した伊勢丹。1969年(昭和44年)913日横山町の甲州街道沿いに開店。7階建て・売場面積4,800㎡で伊勢丹としては中型店。八王子市中心商店街の大型店進出に対する反対運動は激しく当時の行政方針もあり、

2024-09-17

八王子 『イノウエ百貨店』跡 (1971年7月閉店)

当時の中心市街地の八日町に1963年(昭和38年)101日、八王子2番目の百貨店として開店。まるき百貨店とともに八王子を代表する百貨店になった。売場面積約4,000㎡。しかし。繁華街の中心が横山町に移り八日町が衰退したことで1971年(昭和46年)7月閉店。忠実屋と組んで業態変更して再出店するも

『まるき百貨店(八王子岡島)』跡 (1968年10月閉店)

江戸時代に大久保長安が整備したという甲州街道と国道16号線が交差する当時の中心市街地だった八日町4丁目交差点に1960年(昭和35年)1210日、八王子で最初の百貨店として松坂屋と提携してまるき百貨店が開店。八王子を代表する百貨店として繁盛した。売場面積約8,000㎡。繁華街が八日町から横山町に移り業績悪化で

2024-09-09

『小田急町田店』 ~百貨店乱立地区の生き残り~

小田急町田店は、1976年(昭和51年)923日開店。ビルの2階と3階の間に小田急町田駅があり改札口で直結していて便利。かつて町田駅周辺は、大丸、東急、さいか屋、丸井など、デパート乱立地区だったが業態転換や閉店となり、小田急百貨店だけが生き残った。大学や専門学校などが数多く学生街でもある町田で、売上の4割を占める食品や若い世代の利用も多いのが特徴。売場面積25,670㎡。20164月訪問。

2024-09-08

町田の老舗『吉川百貨店』跡 (1999年閉店)

町田出身で地元の偉人と言われる吉川巳代一氏が1923年(大正12年)9月に創業、1949年(昭和24年)824日に町田で開業した吉川商店が1951年に吉川百貨店に改称して1977年には売場面積10,000㎡、年間売上57億円の百貨店に成長(百貨店調査年鑑1978年版より)。しかし、旧町田街道の繁華街が小田急線の開通や国鉄町田駅の移転に連動して変化し、百貨店の進出も駅前に続き、立地の激変によって1999年閉店。跡地は2001年から町田まちづくり公社の「ぽっぽ町田」となっている。20249月訪問。 

2024-09-06

『伊勢丹府中店』 (2019年9月30日閉店)

京王線府中駅南口の再開発ビルに核店舗として1996年(平成8年)43日開店。売場面積約32,000㎡。年間売上ピーク時260億円超が2018年には139億円まで減少。赤字恒常化を理由に2019930日閉店。跡地は伊勢丹撤退後のビルを活用して電器店ノジマが「ミッテン府中」SCを営業中。20164月訪問。 

『京王百貨店・聖蹟桜ヶ丘店』 

京王電鉄グループが開発した聖蹟桜ヶ丘駅ショッピングセンターに1986年(昭和61年)328日核店舗として開店。売場面積約13,000㎡。多摩市と言う郊外激戦区の中にあって、新宿本店と沿線に出店しているサテライト店と連携を深めながら独自性をPRしてマンション建設ラッシュで増加する若い世代の顧客獲得に挑戦中。2016年4月10日訪問。 

2024-07-16

『立川高島屋SC』 (2023年1月百貨店区画を閉店)

開店は1970年(昭和45年)65日。19953月に現在地へ移転し52年間にわたって立川で親しまれてきた高島屋。すでに全体の3割まで減らしていた百貨店区画の営業が2023131日で終了し完全にS.C.化。オーバーストア状態の立川で、高島屋ファンは新宿や隣の伊勢丹へ流れ、かつての百貨店の賑わいが戻ってくるかは不透明。20233月訪問。

『伊勢丹立川店』 

伊勢丹最初の支店として1947年(昭和22年)1010日開店以来、多くの苦難を乗り越えて2001年現在地へ移転増床後、地域一番店として安定した強さを持つ優良店。立川高島屋百貨店部門の閉鎖で百貨店ファンの更なる獲得チャンスであると同時に、2023年秋にスタートする高島屋SCと共存共栄の関係作りができればさらに追い風になりそう。数年前には、百貨店空白地域の八王子に期間限定ながら小型店を出店してファン拡大を図るというチャレンジも実践。売場面積37,500㎡。20233月訪問。

2024-07-15

『グランデュオ立川』 JR東日本グループの百貨店

JR東日本が阪急百貨店と提携して開発した、駅ビル型の協会加盟百貨店。開店は1999年(平成11年)418日。立川店の売場面積26,700㎡。かつてJR東日本はそごうと提携して立川出店を目指すも、そごう破綻で白紙化。その後、阪急百貨店と組むことで百貨店事業に参入し1999年開店。入居するビルは、立川駅改札階と同じ3階を1階とした珍しい設定(実際の12階は「サザン」という地元地権者の店舗街になっている)。

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