全国の百貨店(デパート)を直接訪ね歩き、撮影し記録に残します。そして時々旅の情報も紹介します。

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2025-11-29

『西武静岡店』跡 (2006年3月31日閉店)現・静岡PARCOも2027年1月閉店予定

1970年(昭和45年)611日西武百貨店静岡店として売場面積19,845㎡で開店。札之辻にあった田中屋百貨店(当時の売場面積9,063㎡)が最も影響を受けた。また、1980年に発生した静岡駅前地下街ガス爆発事故では店舗が大きな被害を受けている。その後は松坂屋、伊勢丹との競争に加え西武本体の経営悪化に伴い2006331日撤退。2007年3月15日からは静岡パルコになった。1階にはわさび漬の田丸屋本店が店を構えている。ここで静岡土産を購入し、向かいの小櫛神社に参拝するのが静岡訪問の定番コース。202310月訪問撮影。2025年11月28日のニュースリリースで静岡パルコを2027年1月末に閉店すると発表した。理由として環境の変化や売上減少の結果、建物賃貸借計画の満了時期を踏まえたとのこと。所在地:静岡市葵区紺屋町6-7。

2024-07-22

『西武百貨店沼津店』跡 (2013年1月31日閉店)

かつては御用邸もあった静岡県東部の基幹都市・沼津に195768開店。西武が地方進出を本格的に始めた第1号店。一時は沼津駅再開発ビルへ新築移転の話もありながら、そごう西武グループの業績不振等が重なって20131月末閉店。新館だった沼津RAKUUNが複合ビルとして今も残っている。202210月訪問。

『富士急百貨店沼津店』跡 (2019年11月18日閉店)

開店は1967101日。協会非加盟で実態はバスターミナルのある専門店ビルだった。1965年名店会館としてオープン、1967年から富士急百貨店となり西武とともに駅前の賑わいの中心だったが建物老朽化等で20191118日閉店。建物は解体され2023年からプラザ・フォンターナという2階建ての商業施設になっている。202210月訪問。

2024-07-12

『浜松松菱』跡 (2001年11月13日閉店)

浜松に最初にできた百貨店として1937年(昭和12年)61日開店。長く繁盛していたが大型店競争に敗れ2001年(平成13年)1113日閉店し経営破綻。今も駅近くの一等地でありながら更地のままになっている。

『西武百貨店浜松店』跡 (1997年12月25日閉店)

かつて松菱と並ぶように出店していた西武百貨店浜松店。開店は1971年(昭和46年)1031日。1997年(平成9年)1225日にわずか26年で閉店した短命の百貨店だった。浜松市のデータによれば、売場面積約22,000㎡。1991年の売上高257億円。再開発にともない現在のザザシティ中央館にパルコが出店することで相乗効果を目指す計画もあったとのこと。しかし、遠鉄百貨店の開店や郊外SCとの競争で売り上げが減少しセゾングループの業績不振も重なってパルコ出店は実現せず、百貨店も閉店したと記録されている。

2024-07-10

『静岡伊勢丹』 静岡市最初の百貨店

徳川家康が作った城下町「駿府九十六ヶ町」の中心『札之辻』を通る旧東海道に面して建つのが、1931年(昭和6年)静岡市初の百貨店となった静岡伊勢丹。ルーツは明治4年創業の田中屋呉服店。後発の松坂屋や西武百貨店との競争に対して伊勢丹の支援を仰ぎ1972年(昭和47年)「田中屋伊勢丹」に改称。1976年には当時「ミスター百貨店」で有名だった山中鏆代表取締役を迎え、売場を倍増させて地域一番店になるなど呉服町の賑わい復活にも貢献。1981年からは静岡伊勢丹に社名変更。松坂屋増床の1996年(平成8年)まで静岡市の一番店を維持。

『松坂屋静岡店』 静岡市の地域一番店

開店は1932年(昭和7年)。1年早く開店した田中屋百貨店の倍以上の売場面積だった。大火や空襲の被害に遭いながらも駅前の発展とともに成長し1996年(平成8年)北館を新築して売場面積が市内最大となり地域一番店に復活。

2024-05-26

浜松『遠鉄百貨店』

政令指定都市・浜松市で唯一の百貨店となった遠鉄百貨店。開店は1988年(昭和63年)11月3日。売場面積35,600㎡。厳しいと言われる地方百貨店の中にあって20232月期売上292億円で増収増益を達成。大河ドラマの影響もあってか地下の土産品コーナーや餃子売場がとても賑わっていました。浜松駅構内の大型売店と比較してもはるかに充実していて観光客にも優しい品揃えです。特に遠鉄オリジナル手作り浜松餃子はお薦め。

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