全国の百貨店(デパート)を直接訪ね歩き、撮影し記録に残します。そして時々旅の情報も紹介します。

2025-03-31

『ながの東急ライフ』跡 (2025年3月31日閉店)

長野電鉄・信濃吉田駅としなの鉄道・北長野駅で下車すると改札口から歩いてすぐ入店できるのが『ながの東急ライフ』。ながの東急百貨店の100%子会社の北長野ショッピングセンターで、開店は1990年(平成2年)11月。デパ地下的機能や少し高めでも良質な品揃えで他スーパーと差別化。週末を中心に来店客で賑わい地元に愛されていた。駅近で利便性も高く百貨店との連携など貴重な存在だったが、ご多分に漏れず近隣の巨大イオンモールや他スーパーとの競合で数期連続マイナス決算となるなど苦戦。2025年3月31日閉店となった。2025年3月31日更新。 

2025-03-29

館山市 『十字屋館山店』跡 (2005年11月閉店)

千葉県館山市に小規模ながら百貨店として1969年(昭和44年)220日開店。売場面積1,654㎡。郊外SCやロードサイト店の影響を受けて2005年(平成17年)1130日閉店。この同日に十字屋銚子店も閉店した。道路を挟んで北側にある三越サテライトショップ館山や西側のホテルは現在も営業中。そして十字屋の跡地には高層マンション(パインズマンション館山駅前タワー)が建っている。20253月訪問。

2025-03-27

館山市『いとう屋』跡  (閉店時期不明)

1957年(昭和32年)6月館山市北条1625(銀座通り)にオープン。当初売場面積1,445㎡。館山駅前にサカモト百貨店が開店するまでは4階建てで屋上遊園地や食堂があって館山を代表するデパート(協会未加盟店)として集客していた。1973年(昭和48年)12715時過ぎの営業中に火災発生。ちょうど1週間前に熊本・大洋デパート火災で多くの死者が出ており、いとう屋は設備が正しく維持管理され避難訓練も徹底していたことで、延床面積2,044㎡を全焼するも社員の避難誘導で店内にいた88名の来店客と社員全員が無事だった(消防防災博物館資料より)。被災後は館山市北条1814番地の平屋建て別館店舗で営業を継続するもやがて閉店(閉店時期不明)。現在本館跡地にはメガネ店、薬局、駐車場となっていた。廃墟となっている別館跡の建物は地元の方の話では近々解体予定とのこと。20253月訪問。

2025-03-25

国立国会図書館『本の万華鏡』より ~第27回百貨店ある記~

 国立国会図書館が2020年2月に公開した百貨店に関するサイトの紹介です。

貴重な写真や資料とともに、百貨店の革新と開拓の歴史、そしてこれからも生き抜いていくための指針やヒントがありそうです。

こちら➡国立国会図書館『本の万華鏡』第27回百貨店ある記

国立国会図書館『本の万華鏡』第27回百貨店ある記 サイトのトップ画面より


2025-03-22

香取市 『十字屋佐原店』跡 (1997年12月閉店)

JR佐原駅前にあった老舗旅館金田屋の跡地に1972年(昭和47年)128日開店。売場面積7,290㎡。「十字エスシーポポ佐原店」として大丸グループと提携関係にあった。佐原駅前で地元百貨店の清見屋とともに商店街の核として賑わったが、郊外店との競争に敗れ1997年(平成9年)12月末閉店。建物が解体された広い敷地跡には、20253月現在セブンイレブン香取市佐原駅前店が営業している。20253月10日訪問 。

2025-03-19

『近鉄パッセ』 (近鉄百貨店名古屋店)

1966年(昭和41年)1123日名古屋近鉄ビルに開店した近鉄百貨店名古屋店は「近鉄パッセ」の名前で知られる百貨店。1998年から若者向けのレディースファッション特化型に業態転換をしている。そのため、来店客は10代から20代の若い女性が中心である。建物は名鉄百貨店各館の間に挟まれている。売場面積8,959㎡。2025年3月、名駅ビル再開発にともない2026年春頃に閉店することを発表した。写真は2018年と2019年訪問時撮影。

2025-03-16

『佐原ショッピングプラザ清見屋』跡 (2004年2月閉店)

江戸幕府の直轄領だったことで自由な商業都市として栄えた佐原で、江戸時代から続く呉服と布団を売る商人が1883年(明治16年)呉服店を開業、1948年(昭和23年)924日株式会社清見屋呉服店を設立。1971年(昭和46年)10月「清見屋」に商号変更して百貨店化、佐原駅南口に大型店を開店した。売場面積8,232㎡。1979年には十字屋も進出し駅前商店街の中心的役割を担った。なお、潮来市に本部を置くスーパーセイミヤとは別法人。郊外店に押されて2004年(平成16年)2月自己破産により閉店。しばらく建物だけが残っていたが、現在は香取市の複合型施設となっている。20253月訪問。 

2025-03-11

『船橋そごう』跡 (2000年12月25日閉店)

日本初のドライブインシアターなどで話題を呼んだ「ららぽーと船橋ショッピングセンター」の核店舗としてダイエーとともに1981年(昭和56年)42日開店。売場面積40,151㎡(百貨店調査年鑑1997年版)。1998年度売上高270億円(データ元未確認)。1997年からは人気専門店などのテナント導入を図りショッピングモール化で増収策を講じるも2000年(平成12年)1225日閉店。なお、2核のもうひとつダイエーは1999年既に閉店している。現在跡地は「ららぽーとTOKYO-BAY」の西館となっている。20252月訪問。 

2025-03-05

『小樽ビブレ』跡 (2002年8月31日閉店)

 ニチイが支援する百貨店連合が、JR小樽築港駅に隣接するマイカル小樽の核店舗「小樽ビブレ」として日本百貨店協会加盟の百貨店を1999年(平成11年)3月開店。しかし、親会社のマイカルが民事再生法適用を申請したことで事実上破綻して2002年(平成14年)8月31日閉店。現在跡地は「ウィングベイ小樽」という商業施設になっている。

2025-03-01

『十字屋船橋店』跡 (業態転換⇒ドン・キホーテ)

船橋市本町1丁目の駅前通り西側に1968年(昭和43年)1130日開店。1972年売上高23億円。売場面積4,554㎡~3,292㎡の小型店だった。途中「十字屋ショッカー」に業態転換し現在はドン・キホーテとして営業中。業態転換の時期や現在のドリーム船橋ビルの建物更新時期は調査中。20252月訪問。 

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