全国の百貨店(デパート)を直接訪ね歩き、撮影し記録に残します。そして時々旅の情報も紹介します。

2025-12-27

『年間閲覧数ベストテン』

2025年も「百貨店訪ね歩き」ブログをご覧いただきありがとうございます。お陰様で20245月に開設して1年半で25,000ビューを越えました。今回は2025年の年間閲覧数ベストテンを下記の表でご紹介します。現在も休業中の木内百貨店が432件でダントツトップでした。10位のスウェーデン・NKデパートも数少ない海外店としてお楽しみいただけたようです。来年も少しずつですが新規訪問や更新をしていく予定です。引き続きよろしくお願いいたします。

それでは皆さま、良き新年をお迎え下さい。

2025-12-26

『デパートリウボウ』 沖縄県唯一の百貨店

開店は1954年(昭和29年)。1991年(平成3年)4月に再開発ビル「パレットくもじ」に移転開業。売場面積15,031㎡、20252月期売上高は前年比+5.5%の126.5億円。2階のセレクトショップ「樂園百貨店」が好調に推移。また、地理的に近い国々からのインバウンド売り上げも好調だった(琉球新報より)。202511月には2階の400坪のスペースに350席のリウボウ・フードホールを開設して新たな食の魅力を提供。ちょっとお洒落な空間で生演奏のイベントなども企画されていて魅力いっぱいです。買い物だけでなく県民にさまざまな魅力的空間を提供して健闘する地元資本のデパートです。古い写真は沖縄県公文書館デジタルアーカイブの使用可能な画像より。202512月訪問。 所在地:沖縄県那覇市久茂地1-1-1

2025-12-23

『沖縄山形屋』跡(1999年8月31日閉店)

山形屋呉服店が沖縄に進出したのは1922年(大正11年)。その後沖縄県最初の百貨店として1930年(昭和5年)那覇市東町に開店。1955年に国際通りに移転し三越、リウボウとともに沖縄を代表する百貨店の一つとして最盛期には年間100億円以上を売り上げた。しかし、郊外店の進出や国際通りの集客力低下に加え売り場拡大ができない立地であることが重なり急激に売上が低下し赤字となり、1999831日閉店した。現在跡地にはホテルJALシティ那覇が建っている。国際通りの高台にあったので屋上からの眺望が良かった。19972月期の記録では、売場面積10,575㎡、売上高78.2億円。19769月から来沖の度に何度も買い物で訪問した思い出のデパート。202512月訪問撮影。 所在地:沖縄県那覇市牧志1-3-70

プラザハウス・ショッピングセンター (沖縄市)

1954年復帰前の沖縄に日本で最初にできたS.C.がプラザハウス・ショッピングセンター。2024年には開店70周年を迎えた。アメリカンスタイルなのでクリスマス期間は特別な雰囲気を出している。ロージャースの洋服は欧米のデザイナー製品が多くどれもお洒落。ロージャースフードマーケットも国際色豊かで価格も手頃なため見ているだけで楽しくなる。今回は久しぶりに1階のシェーキーズで昼食をしたら若い人たちで大盛況。昼過ぎには駐車場も満車状態だった。19972012年まであった三越shopはなくなったけれど、今でも地元で人気のショッピングスポット。売場面積9,902㎡。2040代の利用者が50%、地元利用者が98%を占める(20244月・沖縄市中心市街地活性化基本計画より)。202512月訪問。 所在地:沖縄県沖縄市久保田3-1-12

2025-12-22

『沖縄三越』跡(2014年9月21日閉店)

1957年(昭和32年)8月大越百貨店として開店。1959年には那覇空港に出店。197010月から資本・業務提携により沖縄三越となる。19974月沖縄市のプラザハウスに出店(2012年閉店)。一度は経営危機を乗り越えるも2008年のリーマンショック以降再び業績が悪化して2014921日閉店。2009年度は売上高80.1億円、売場面積12,425㎡。閉店直前の20142月期は売上高76.7億円。沖縄県公文書館の利用できる画像や過去訪問時の写真を掲載して在りし日の三越を偲びます。バス停は「三越前」が「てんぷす前」に変わり、空港売店はリウボウが引き継いでいる。建物は飲食店街などに再利用されていたが閉鎖され、ようやく第一交通産業グループが隣接地も含め取得して敷地3,300㎡規模の複合型施設の再開発を待っている。202512月訪問撮影。所在地:沖縄県那覇市牧志2-2-30

2025-12-20

“他国店持京商人”『奈良屋』跡 …デパート開業の日に寄せて…

伊勢に生まれた初代杉本新右衛門が寛保3年(1743年)85日京都烏丸四条で呉服商として創業し屋号を奈良屋と定めた。江戸時代後期には“他国店持京商人”(たこくたなもちきょうあきんど)として、行商先だった下総の佐原、佐倉に出店。佐倉藩主や伊能忠敬などとも交流した。千葉への出店は1909年(明治42年)9月10日。この奈良屋呉服店が、戦後、千葉随一の百貨店となった『奈良屋(後の千葉三越)』のルーツである。今回は、1764年(明和元年)に出店し昭和40年代半ばに閉店した佐原店跡と、1807年(文化4年)に出店して1931年(昭和6年)に閉店した佐倉店跡を訪ね歩き。佐原では町並み交流館の方に、佐倉では市立図書館の方に現地の情報提供をしていただいた。参考資料:「佐原の街並みかわら版(平成278月号)」、「佐倉お茶の間風土記(昭和54年発刊)」、「奈良屋二百二十年(昭和37年発行)」。20251219日訪問。所在地・佐原店跡:香取市佐原イ1720、佐倉店跡:佐倉市新町204 ※当ブログの千葉県・番外編『千葉・奈良屋のルーツ杉本家』、千葉県『千葉三越(旧奈良屋)』参照。

2025-12-18

番外編 『サンエー那覇メインプレイス』 那覇市最大のS.C.

 1987年に返還されたアメリカ軍牧港住宅跡にできた那覇新都心に2002101日に開店。現在も那覇市最大の売場面積(36,800㎡)を持つ複合商業施設。2,500台分の無料駐車場を併設。核テナントは地元のサンエー。個別店の売上高は非公開のため不明だが、20252月期サンエー全体の売上高2,185.8億円は沖縄県内スーパー業界断トツ1位で、2位のイオン琉球はその半分にも届かない。復帰直後の那覇市中心繁華街は3つの百貨店が並ぶ国際通りが圧倒的賑わいだったが、現在では那覇新都心が賑わいの中心となり、国際通りは土産物店やホテルが多く観光地化している。202512月訪問。所在地:那覇市おもろまち4-4-9

2025-12-12

『東急日本橋店(旧白木屋)』跡 (1999年1月閉店)

ルーツは1662年(寛文2年)近江商人・大村彦太郎が創業した小間物店『白木屋』。江戸時代には、越後屋(三越)、大丸屋(大丸)と並んで三大呉服店の大店になった。二代目が1712年(正徳2年)に掘り当てた井戸が『名水白木屋の井戸』で、掘削中に出たといわれる観音菩薩像は長く百貨店内に祀られていたが、閉店後に浅草寺に移された。2025年現在周辺が工事中で石碑を見学することはできない。1903年(明治36年)日本で初めて近代的な百貨店建築を完成させ、明治44年には日本で初めてエレベーターや回転ドアを採用。関東大震災やデパート火災、戦災を乗り越えるも東急に買収され1967年に白木屋から東急百貨店に商号が変わる。そして創業から337年目の1999131日閉店。19971月期売上高387億円、売場面積35,223㎡(百貨店調査年鑑より)。現在跡地には「コレド日本橋」が建っている。 202512月訪問。所在地:中央区日本橋1-4-1

2025-12-09

コンパクトシティの核店舗『大和富山店』

1932年(昭和7年)宮市大丸富山店として開店。当時、金沢本店を上回る売上を記録して1934年には新宿伊勢丹をモデルに店舗を増築したのが2007年9月17日まで営業していた西町の旧店舗。再開発で誕生した総曲輪フェリオの核店舗として現在地に移転し2007年(平成19年)9月21日開店。2009年には富山地鉄軌道線の循環線(LRT)も開通して富山駅や周辺からのアクセス利便性が大幅にアップした。そして確実に業績を伸ばしたことから、百貨店新築移転の成功事例と言われ、新幹線延伸で今も開発が続くコンパクトシティ富山市の「街の灯」になっている。売場面積25,300㎡。20252月期売上高161.5億円。20244月訪問。 所在地:富山市総曲輪3丁目8-6。

2025-12-05

『名鉄百貨店一宮店(2024年1月31日閉店)』➡『イチ*ビル』(2025年12月5日開店)

「名鉄丸栄」時代から地域で親しまれ、2000年11月3日から現店舗で名鉄百貨店一宮店として営業してきた。売場面積17,573㎡。20223月期売上19億円。1階には名鉄百貨店発祥の「回転するお菓子量り売り(スイーツプラザ)」も20241月31日の閉店により愛知県から消失。その後耐震補強などリニューアル工事を実施。商業施設「イチ*ビル」が2025125日開店した。ユニークなのは名鉄改札口と駐車場に直結している4階に食料品スーパー「ロピア」が出店。6階はオフィス、7階にクリニックなどのほか、1階には名店街や贈答品、土産品などの百貨店ニーズに対応した店舗を復活させている。 人口減少や変化するニーズに対し、地方百貨店の機能を生かしつつ業態転換したモデルケースとして注目されている。直近では20236月訪問撮影。所在地:愛知県一宮市新生1-1-1

2025-12-04

『高島屋日本橋店(日本橋高島屋S.C.)』

1933年(昭和8年)320日の開店から90年を越えた日本橋高島屋は関東地区のフラッグシップストアである。本館は百貨店建築として初めて国の重要文化財に指定された。また本館4階には「高島屋史料館TOKYO」があり貴重な日本の百貨店関連資料などを展示している。本館エレベーターはオーチス社製で創建当時のカゴが補修されながら現役で使われている。売場面積45,420㎡。20252月期売上高1605億円(前年比+7.5%、決算報告資料より)2025年はインバウンドが伸び悩む中で好調な外商が売上の伸びを支えている。本館、新館、東館、ウォッチメゾンの4館体制の都市型S.C.は、若者を含む多世代の老若男女の集客に成功していて、活発な再開発が続く日本橋や八重洲と2030年頃まで人口増加が予測されている周辺地区にあって更なる成長が期待される。202510月訪問。所在地:中央区日本橋2-4-1

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