佐世保玉屋が伊万里玉屋を開業させたのは長崎より早い1966年(昭和41年)4月23日。当時の伊万里市は発展しつつあり、結婚式場やファミリーレストラン、屋上遊園地を備えた本格的な百貨店として超人気店に。その後、伊万里駅前にユニードが出店したのを機に1977年には増築して売場を2倍に拡大(8,312㎡)。ユニードとともに地元商店街と共存策を図り、寿屋出店を阻止した歴史もある。ピークの1991年度売上高35億円から徐々に減少。2010年からは売場を1階2階のみに減らして営業し2014年度売上高は8億円まで減少。老朽化した店舗の耐震改修費用2~3億円の回収見通しが立たないとの理由で2016年(平成28年)1月末閉店。隣接商店街のアーケードも撤去され玉屋の建物は現在も静かに残っていました。2023年10月訪問撮影。所在地:佐賀県伊万里市東山代町2217-1。
2026-04-30
2026-04-28
旭川『マルカツデパート』跡 (2001年業態転換後閉鎖)
マルカツデパートは1918年(大正7年)松村呉服店として創業。1936年(昭和11年)に丸勝松村百貨店となり、丸井今井とともに旭川を代表する百貨店になった。売場面積10,220㎡。1997年4月期売上高83.7億円。その後、西武や郊外SCの進出に押され、2001年(平成13年)からは百貨店を廃しテナントビルとして営業していたが空きスペースが埋まらない等で経営が悪化。買物公園通りでも老朽化が進んだマルカツビルは所有者も度々変わり、2022年(令和4年)10月5日電気料金滞納で電力供給が止められ閉店に追い込まれた。跡地のビルは解体再開発される予定。2026年4月訪問。 所在地:旭川市2条通7丁目右10号。
2026-04-26
『エムアイプラザ旭川店』…丸井今井が小型店で再出店を果たす
2015年(平成27年)3月27日イオンモール旭川駅前店2階に、丸井今井旭川店閉店以来6年ぶりに小型百貨店として「MIプラザ旭川店」を再出店。1階には丸井今井プロデュースの北海道産食品のセレクトショップ「きたキッチン」も出店させた。2026年4月訪問。所在地:旭川市宮下通7-2-5イオンモール旭川駅前。
2026-04-25
『丸井今井旭川店』跡 (2009年7月20日閉店)
丸井今井が旭川に呉服店の支店を出したのは1897年(明治30年)10月。1923年(大正12年)から旭川を代表する百貨店となり西武が進出するまでは地域一番店だった。売場面積23,463㎡。2007年1月期売上高97億円。さらに郊外SC等の進出で苦戦が続き、会社本体の民事再生手続き中の2009年(平成21年)7月20日閉店して112年の歴史に幕を降ろした。2011年からは「フィール旭川」として割と使い勝手の良いショッピングビルになっている。グループとしてはイオンモール旭川店2階に「MIプラザ」、1階に丸井今井プロデュースの「きたキッチン」として小型店で再進出している。2026年4月訪問。所在地:旭川市1条通8丁目左10号。
2026-04-23
『西武百貨店旭川店』跡 (2016年7月20日閉店)
西武旭川店は旭川の3百貨店の中で最も遅く1975年(昭和46年)8月8日西友として開店。1979年9月に開店したams緑屋と合併して1981年(昭和56年)9月1日旭川西武、1998年からは西武百貨店旭川店となる。買物公園通りと駅前に面した好立地で地域一番店になる。影響を受けた丸井今井の閉店で、2009年からは旭川唯一で日本最北の協会加盟百貨店となる。売場面積24,177㎡。2014年2月期売上高122億円。しかし、郊外SCや旭川駅隣接のイオン旭川などとの競争に敗れ2016年(平成28年)9月30日閉店。北海道第二の都市から百貨店が消滅した。A館跡地は、ツルハ旭川中央ビルが建てられ、旭川駅に近いB館跡は駐車場となりこれから開発予定とのこと。2026年4月訪問。所在地:旭川市1条通8丁目右1号。
2026-04-22
『東急百貨店日吉店(旧日吉東急アベニュー)』 百貨店屋号復活
東横線日吉駅の真上にある日吉東急アベニューの前身は1995年(平成7年)11月1日開店の東急百貨店日吉店。2004年業態転換して2008年から現在の名称となる。地域密着路線が強みで、店舗から3㎞以内のお客様で売り上げの8割を占めているという。近くに武蔵小杉の商業集積地があるものの、うまく棲み分けができている証拠か。日本百貨店協会加盟で共通商品券も使える。2016年11月訪問。
2026年6月11日より渋谷シンクスとともに百貨店屋号を18年ぶりに復活させ港北区周辺の発展に合わせて百貨店機能の強化を推進していくと発表。「東急百貨店日吉店」が正式名称となった。売場面積16,500㎡。所在地:横浜市港北区日吉2-1-1。
2026-04-21
2026-04-19
稚内市 『高林百貨店』跡 (1992年4月末閉店)
1910年(明治43年)6月に創業し1956年(昭和31年)百貨店化した高林百貨店。1983年度百貨店調査年鑑によれば、売場面積3,341㎡、1981年12月期年間売上高24億円。地域を代表する百貨店として賑わっていたが、1990年に西條百貨店が大型店を郊外に出店したことで経営悪化、1992年4月末に自主廃業という形で閉店。現在跡地は食品スーパー相沢となっている。稚内訪問は2020年6月。所在地:稚内市中央3-5-8。
『西條稚内店』
初代店舗は稚内駅前広場に隣接して1975年(昭和50年)3月18日開店。衣料品が主の小型店だった。旧店舗は少しの期間稚内駅前店として残っていたが2004年9月閉店、稚内駅の新築により解体され現在は駅前広場になっている。稚内店としては1990年(平成2年)8月に新興住宅地である南稚内地区へ新築移転。売場面積8,722㎡で地域での百貨店的機能も担っている。1997年の百貨店調査年鑑によれば1996年8月期売上高69.4億円。ここにもデパート風のファミリーレストランがあり昼時や週末は家族連れで賑わう。稚内訪問は2018年6月4日。所在地:北海道稚内市大黒4丁目7-1。
2026-04-18
名寄市 『山田デパート(丸山山田)』跡
名寄の老舗呉服店として1896年(明治29年)創業。1962年(昭和37年)百貨店化して山田デパートとなった(日本百貨店協会非加盟)。1983年度の記録では地下1階地上4階建て売場面積2,933㎡、支店も含めて全店での売上高55億円。1990年頃までは北海道北部有数の小売業だったが、その後の経営危機で名寄本店を除くすべてを閉店。その後は借地部分の建物を解体返還して1階のみで創業家一族が「ファッションプラザ山田」として営業を続けていたが2026年4月訪問時は休業状態のようだった。所在地:北海道名寄市西3条南5丁目21。
2026-04-16
『西條名寄店』
1947年(昭和22年)10月名寄市で「西條商店」として創業。1957年に「西條呉服店」となり、1973年(昭和48年)7月1日百貨店法に基づく百貨店となった。その後に開店した稚内店、士別店とともに3店が「西條百貨店」として親しまれてきた。1977年8月期の決算記録では名寄店の売上高25億円、売場面積2,870㎡。一時期西武グループと提携して「丸利西條」として上記3店で札幌・五番館や青森・松木屋の商品券を使うことができた。ただ日本百貨店協会には加盟しておらず、実態は総合スーパー(GMS)に近い。1982年9月に新築移転、増築して総売場面積は7,525㎡。1996年8月期売上高63.8億円(百貨店調査年鑑より)。近年は郊外大型S.Cとの競争対策で小型店出店にシフトしている。店内には成城石井やコストコ商品のコーナーやデパートのファミリーレストラン機能を持つ「ペリカン」がある。2026年4月訪問。所在地:北海道名寄市西4条南8丁目1。
2026-04-12
『高島屋大阪店』…ここが高島屋の本店
高島屋によれば、1831年(天保2年)初代・飯田新七が京都烏丸松原上ルで古着木綿商の店を開き米穀商の義父の出身地から屋号を高島屋と名付けたのを始まりとしている。2031年には創業200周年を迎える。大阪店は、宮内省御用達となった翌年1898年(明治31年)心斎橋筋に開店したのが始まり。そして1932年(昭和7年)7月15日現在地に百貨店初の冷暖房完備の南海ターミナルデパートとして開店。建物は2011年国の登録有形文化財に登録された。売場面積65,943㎡。2025年2月期売上高1,809.8億円(前年比+13.7%)と2期続けて日本橋店を抜いて全店トップに立つ。合弁企業JR名古屋タカシマヤと1000億円間近の新宿店を加えれば、売上高1000億円超が6店舗にならんとする最強の百貨店グループの本店であり心斎橋・ミナミの地域一番店である。 2026年2月訪問。所在地:大阪市中央区難波5-1-5。
2026-04-11
『大丸心斎橋店』
始まりは1717年(享保2年)京都伏見で古着商「大文字屋」の開業。1726年(享保11年)に現在の心斎橋に大坂店を出店。1920年(大正9年)4月16日大坂店を本店に定め百貨店化。1933年(昭和8年)にヴォーリズ設計の現心斎橋店舗が完成した。梅田などと違い巨大ターミナルが隣接しない店舗だが、それでも2025年2月期売上高は1,152.6億円(前年比+20.4%)と1000億越えを達成して好調。2026年には心斎橋店開業300周年を迎えた。インバウンド対応では南館に誘導することで不評だった店内の混雑を解消。買い物客数ではなく単価や買い上げ率で優位なのはさすが心斎橋店。高級感あふれる店内は現在撮影不可なので、昔許可を得て撮影した写真と開店前に玄関外から撮影したものを掲載。売場面積46,490㎡。2026年2月訪問。所在地:大阪市中央区心斎橋筋1-7-1。
2026-04-09
『大丸梅田店』
1983年(昭和58年)4月27日開店。当初は阪急や阪神の顧客を奪うと思われていたが相乗効果で既存両店とも売上を増やした。出店初期の赤字経営から他店にないカテゴリーに的を絞った独自路線をとることで黒字経営を達成してきた大丸梅田店。2025年2月期売上高600億3100万円(前年比+9.1%)。売場面積64,000㎡。入居するサウスゲートビルディングの大規模改装に伴い、2026年4月5日より大丸の売場を地下2階から9階までに縮小し、10階から16階は現在の売場を引き継ぐカタチでJR西日本SC開発が運営する「ルクア・サウス」となる。大丸の売場面積をこれまでの60%にして残った売場の強化策を数年を掛けて実施しグループ主要7店舗で唯一売上高がコロナ禍前を下回っている梅田店のテコ入れをしていく。2026年2月訪問。所在地:大阪市北区梅田3-1-1。
2026-04-07
『阪神梅田本店』
阪神百貨店は阪急のひらがな表記に対して漢字で梅田本店と表記する。開店は1957年6月1日。2025年3月期売上高647.6億円。売場面積52,996㎡。最大の特徴はフード関連売り場が4フロア(約18,000㎡)と全売り場の3分の1を占めていること。合併により同じグループとなった阪急うめだ本店とは阪神の強みである「食」に注力することで差別化を図っている。また阪神タイガースの優勝セールを開催するとともに店内には公式グッズを販売する阪神タイガースショップがある。毎年開催の駅弁大会は、東京の京王百貨店と肩を並べる。阪神百貨店が入居している大阪梅田ツインタワーズ・サウス12階には繁昌稲荷神社が祀られていて心やすらぐ屋上庭園になっている。2026年2月訪問。所在地:大阪市北区梅田1-13-13。
2026-04-05
『阪急うめだ本店』 関西トップ売上を誇る百貨店
開店は1929年(昭和4年)4月15日。阪急梅田駅に直結した日本初のターミナルデパートであり大阪梅田地区の地域一番店でもある。「東の新宿伊勢丹、西のうめだ阪急」と言われ新宿伊勢丹に次ぐ日本で2番目の売上高を誇る。2025年3月期売上高3,653.5億円(前年比+16.3%)は過去最高を更新した。売場面積98,418㎡(メンズ館含む)。9階から12階まで吹き抜けの祝祭広場や屋上ガーデンも見応えあり。13階の屋上広場には伏見稲荷大社から勧請された稲荷神社が祀られていて一般にも開放されている。2026年2月訪問。所在地:大阪市北区角田町8-7。
2026-04-03
アピア1『宝塚西武店』跡 (1999年11月6日業態転換)
阪急今津線・逆瀬川駅前の複合型再開発ビル「アピア1」の商業ゾーンに1987年1985年(昭和60年)3月12日セゾングループに属していた西友が経営する百貨店として開店。売場面積17,642㎡。駅前再開発等で地方都市からの百貨店進出要請に応える手段として行ったが、消費者が西武百貨店本体と間違えて百貨店商品券が使えない混乱や総合スーパーニーズへの変化で売り上げ不振となり、阪神淡路大震災で被災したのち1999年(平成11年)11月6日総合スーパー型の「リヴィン宝塚店」に業態転換。2006年(平成18年)6月30日閉店。現在は複数のテナントで構成された商業施設となっている。なお6階から13階は集合住宅である。2026年2月訪問。所在地:兵庫県宝塚市逆瀬川1-2-13アピア1。
2026-04-01
『プランタン三宮』跡 (1995年4月22日業態転換)
ダイエーの百貨店ブランド「プランタン」の1号店として1981年(昭和56年)3月6日開店。上階にはホテルが入る複合型ビルで売場面積3,986㎡、1989年2月期売上高62.7億円。1991年隣接地に増築して2館体制となり売場面積の広い新館を本館、当初の店舗をヤング館とした(総売場面積18,254㎡)。1995年の阪神淡路大震災を契機に1995年4月22日に本館をダイエー三宮駅前店に業態転換、同年10月にヤング館を三宮OPAに業態転換した。ダイエーは2015年から神戸三宮店として現在に至り、三宮OPAは2018年のビル解体により閉店した。2026年2月訪問。所在地:神戸市中央区雲井通6-1-5。
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初代は滋賀県日野町出身で 1893 年(明治 26 年) 6 月に札幌で池内金物店を創業。 1965 年(昭和 40 年) 4 月 10 日小売部門を百貨店化して日本百貨店協会加盟店となるが百貨店経営に苦戦し 1968 年から丸井今井傘下に入る。しかし丸井今井の業績悪化で 199...
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秋田市にある木内デパートは、かつて「秋田の三越」と言われた地域一番店で、お歳暮お中元では絶対的信頼の包装紙であり修学旅行の見学コースにもなっていたという。現在は、1990年に日本百貨店協会を退会し業務縮小、1階で衣料品のみを取り扱っている。消費税を取らない方針、ピカピカのトイレ...
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1971 年(昭和 46 年) 9 月 24 日西友ストア水戸店として開店。 1988 年(昭和 63 年) 4 月増築と合わせて西友が経営する百貨店業態の「水戸西武店」に業態転換。さらに 2000 年(平成 12 年) 9 月 22 日にリヴィン水戸店に名称変更して業態転換。 ...