炭鉱の町・夕張には、かつて空知地方唯一の協会加盟百貨店「丸丹おかむら」があった。始まりは島根県出身の岡村亀吉が1892年(明治25年)創業した衣料と日用雑貨店。2年後には岡村呉服店となる。明治35年、大正6年、昭和24年の大火全焼被災を乗り越え1957年(昭和32年)11月百貨店法に基づく百貨店となった。売場面積約2,500㎡。5階レストラン「丹頂グリル」や3階喫茶「人々」などが大人気となった。1960年には人口11万人を有し大いに賑わったが、石炭産業の斜陽化で炭鉱閉山が相次ぎ人口も半数以下となり1980年(昭和55年)1月閉店した。跡地は第三セクターが買収して1986年からホテルとなったが、その後の急激な過疎化と財政破綻などから現在はホテルも休業して廃墟状態になっている。2026年5月の夕張市人口は約5,700人。所在地:夕張市本町2丁目19。
2026年時点で未訪問。

1978年の丸丹おかむら
(協会会報より)
丸丹おかむら跡に建つホテル
2014年9月18日撮影ウィキペディアCC画像
Googleストリートビュー2025年5月撮影より
夕張市本町2丁目の丸丹おかむら跡に建つ休業中のホテル2021年5月13日撮影 新夕張駅
(廃止前は夕張駅への分岐駅)