開店は1960年(昭和35年)6月18日。四日市近鉄ビルの核店舗で1990年~1991年にかけて売り場を拡大し三重県内最大の売場面積を持つ。売り上げの35%を食料品が占めているターミナルデパート。しかし、三重県はイオンの創業地であり周囲の多くのイオン店舗と競合し、電車で30分の名古屋の百貨店、特に高島屋との競合にさらされている。プラグスマーケットのような地域共創型FC事業を柱に強化を図り、直近2年連続黒字化を達成。2025年2月期売上高171.6億円、売場面積33,898㎡。2025年10月訪問。所在地:三重県四日市市諏訪栄町7-34。
2025-10-10
2025-10-09
『近鉄四日市スターアイランド』跡 (2020年2月29日閉店)
近鉄が建設した駅前ビルに1988年(昭和63年)11月18日開店。売場面積6,328㎡。四日市最大のファッションビルと言われ東海初のスパイラルエスカレーター(三菱電機製1200型)が導入され話題となった。現在百貨店でスパイラルエスカレーターがあるのは米子しんまち天満屋、天満屋津山店、井筒屋山口店の3店のみ。2001年からは近鉄百貨店の直営施設となり本体の四日市店と一体運営されていた。しかし競争激化で空き店舗が増え2020年(令和2年)2月29日閉店。建物は解体され現在駐車場になっている。2025年10月訪問。所在地:三重県四日市市諏訪栄町6-4。
2025-10-06
『四日市オカダヤ』跡 (1970年4月14日商号業態変更)
ルーツは岡田惣右衛門が1758年(宝暦8年)四日市の九六町で太物・小間物商を篠原屋という屋号で創業したのが始まり。1887年(明治20年)に屋号を岡田屋に改称。1958年(昭和33年)4月25日近鉄四日市駅前にオカダヤ駅前店を開店。1959年11月18日四日市市初の百貨店「四日市オカダヤ」となる。1969年にはA館・B館の2館体制となり1970年(昭和45年)4月14日合併によりオカダヤからジャスコ四日市店に商標変更して業態も百貨店から総合スーパーに転換した。最盛期1976年の年間売上は89億円だったが2000年には3割まで大きく減少し、社名がイオンに変わった後の2002年1月20日閉店。四日市は現在のイオングループの起源の地でもある。跡地は解体され、A館跡もB館跡も分譲マンションが建っている。2025年10月訪問。所在地:三重県四日市市諏訪栄町6~5。
『津オカダヤ』跡 (1970年4月14日商号業態変更)
1957年オカダヤの2号店として津市中心街に出店。1967年(昭和42年)11月27日同地の中日会館ビルの改築を機に、津市内では松菱に次いで2番目の百貨店として開店。しかしわずか3年後の1970年4月14日には商号変更により総合スーパーに業態変更、ジャスコ津店となる。その後はいったん増床するも2000年(平成12年)8月6日閉店。跡地のビルは解体され、百五銀行となっている。2025年10月訪問。所在地:三重県津市丸之内31-21。
2025-10-05
『伊勢オカダヤ』跡 (1970年4月14日商号業態変更)
伊勢市駅前の旅館跡地に1966年(昭和41年)4月28日百貨店法に基づき伊勢市初の百貨店として新築開店。地上5階建て売場面積3,153㎡。百貨店としては短命で1970年(昭和45年)4月14日商号変更及び業態変更によりジャスコ伊勢店となる。その後1973年には隣接地にB館となるビルを増築して当時三重県最大面積の総合スーパーとなった。しかし1980年をピークに売上減少1996年(平成8年)9月30日閉店。跡地は現在宿泊施設や土産店、予備校などになっている。2025年10月訪問。所在地:三重県伊勢市本町1-18。
2025-10-03
『津松菱』 名門・丸物の系譜を守る百貨店
1936年(昭和11年)5月1日、津市大門町に県内初の大型百貨店として大門百貨店を開業。1955年(昭和30年)10月1日から浜松松菱が引き継ぎ屋号を津松菱とし、1963年現在地に移転した。京都の丸物系として現存している数少ない百貨店。城下町・津の古くからの繁華街に位置し、城の外堀にあたる岩田川と伊勢街道に隣接して建っている。浜松松菱倒産の影響で苦戦を強いられたり、業績低迷で産業再生機構の支援を受けたり、コロナ禍の影響を受けながらも、創意工夫で経営を立て直し、銀行の支援や地域から愛されて直近10年以上連続で黒字決算を続けた。建物は津の老舗紙問屋・ミフジ(安永2年創業)が所有している。千葉県の銚子電鉄とコラボしたそば店や「選べるガチャ」など話題も多く週末は家族連れで賑わう。売場面積15,450㎡。2025年2月期売上高48.3億円。2025年10月訪問。所在地:三重県津市東丸之内4-10。
2025-10-01
『松坂屋上野店』
1768年(明和5年)5月20日上野の松坂屋を買収して「いとう松坂屋」を開業してから現在まで当地で営業している上野松坂屋。1907年(明治40年)4月1日百貨店として開業。1925年全国の店舗名を松坂屋で統一。1929年には上野店で日本初のエレベーターガールを採用。1930年1月1日、日本初の地下鉄駅直結百貨店となる。戦後増築した南館を解体し2017年11月4日23階建ての上野フロンティアタワーを開業し現在に至る。近年は「上野らしさ」を生かした下町地域密着型百貨店をアピールしながら外商活動の強化で2025年2月期外商伸び率は松坂屋全店中トップとのこと。売場面積21,759㎡。2025年2月期売上高273億円。2025年9月訪問。所在地:東京都台東区上野3-29-5。
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